+Pinocchio 3
英雄が参加するパーティというのは数が少ないので集まる客も多い。
広々としたパーティ会場には各界の著名人が集まり、セフィロスが現れるのを待ち構えていた。
神羅にとってセフィロスはブランド品だ。この世に一つしかないとても貴重な商品だ。
ゆえに出し惜しみをしてその商品価値を高める。……まあセフィロスがただ単に面倒臭がりだという話もあるが。
はああああ。
クラウドは深い深い溜息をついた。
「いい加減諦めろ」
出番待ちをしているセフィロスはその長身に漆黒の礼服を身に纏っている。二割り増しに色気がアップしたその姿を見た神羅関係者の女性たちに熱い秋波を贈られていた。全て冷たい視線で打ち落としていたが。
そしてクラウドはと言えば、人生で初めて着る服を窮屈そうにしながら溜息をついているという訳だ。
服は確かに立派だ。しかし中身は残念な自分……そんな風に感じている。実際、見た目だけならどこぞの御曹司と言われても納得してしまいそうな様子なのだが。
「何で俺まで……」
セフィロスの下士官とはいえ、クラウドは一般人だ。こんなところに出入りできる身分では無い。
しかし何故かこのパーティの主催者であるルーファウスに名指しでの参加を命令されれば断れ無い。
会場は矢鱈にキラキラと輝いていて、田舎育ちのクラウドにとって目が痛い。
「レノに見られたのが運の尽きだ。あれはルーファウス直属だからな」
「そう、なんですか」
「そうだ。どうせあること無いことルーファウスが面白がるように報告しているだろう。何、気が済めば後は放置される。熱しやすく冷めやすい性格だ」
ただし、興味を抱いたことに関してはとことん粘着もする性質だが。
「お前は杓子定規に対応していろ。そうすれば飽きる」
「……わかりました」
やろうと思ってもクラウドにありもしないお世辞を重ねる太鼓もちは無理だ。
それが出来るならニブルヘイムで村八分にはされていなかった。
「なかなか似合っている。お前を着飾らせてみるのも楽しいかもしれんな」
「……」
何ともいえない苦い表情を浮かべたクラウドにセフィロスがくつくつと笑う。
「ソルジャーになるということは神羅の人形になるということだ。人形には見栄えも必要ということさ」
俺のようにな、そんな風に自慢なのか自虐なのかよくわからないことを言う。
「……せいぜい目立たないように隅の方に居ます」
クラウドは本気でそう思っていた。
しかし、主催者であるルーファウスに目をつけられセフィロスの傍に居て目立たずに居られる訳が無いということをすっかり失念していた。
クラウドの目の前には張りぼての自分とは違い、見るからにいいところの坊ちゃん然とした相手が傲岸不遜に立っていた。態度だけならセフィロスといい勝負だ。
「やあ、君がクラウス・ストライフか。ふふ、気難しいセフィロスが下士官をつけたというからどんな奴かと思っていたが」
もっと年上の相手を想像していたクラウドはルーファウスの自分とそう年が変わりない様子に驚いた。
「……お目にかかれて光栄です」
とりあえず形式的に返したクラウドだったが、普通の人間ならここで愛想笑いを浮かべてみせるものだが、生憎とクラウドの表情筋はいつものように動かなかった。
「人使いの荒い兵士なんてやめて僕の部下にならないか?」
それなのに何故かいきなりヘッドハンティングのお誘いだ。
セフィロスは特に何を言うでもなく、いやむしろ面白そうに眺めている。
「……何故、俺……私を?」
地位も権力も、ソルジャーでも無い。ただの一兵士に過ぎない。
そう尋ねるとルーファウスはセフィロスを一瞥し、意味深に笑う。
「今までどんなものも虫けらのように見ていた男が、初めて人らしく興味を持ったもの。気にならない訳が無い」
その理由ではクラウドが大人しくしていようと何をしていようとルーファウスの興味から逃れる術は無い。
どうしてくれるのだという思いをこめてセフィロスを睨むように見ると器用に眉を動かす。
「ルーファウス。本人にその気は無いようだ」
「どうかな。これからの話次第では気も変わる可能性はある。……給料だって破格の待遇で迎えよう。どうせ今は雀の涙ほどの給料だろう?」
ルーファウスにとってそうだろう。
だがクラウドにとってはその雀の涙さえも初めて手にした時は感動したものだ。
贅沢に興味が無いクラウドは今でも十分だ。むしろそれ以上身の丈にあわないものを提示されても身を滅ぼすもとになるだけだ。
クラウドの望みはただ一つ。
「俺……私は、強くなりたいんです」
笑顔で睨みあうという芸を披露していたルーファウスとセフィロスにクラウドの言葉がぽつりと波紋になって広がる。
「だから、今のままで有分に満足しています」
ルーファウスが呆気にとられたようにまじまじとクラウドを見つめた。
あまりに見つめられるものだから居心地が悪い。そんなに変なことを言っただろうか……。
「ふーん……なるほど。レノが言っていただけはある。クラウド・ストライフ」
フルネームを呼ばれ、背筋が伸びる。ルーファウスの雰囲気が変わっていた。
「強くなる。それもいいだろう。だが強くなってどうするんだ?最強の成れの果てを知っているか?」
ルーファウスが顔を寄せ、クラウドの耳元で囁いた。
『化物』。そう呼ぶのさ。