-美しきもの-

・・・・2






 採用試験までの三日間。
 どこかに泊まって待たなければならない。
 しかし、少年にはそれだけの持ち合わせが無かった。ミッドガルに出てくるまでのバス代に今まで貯めてきた
 資金のほとんどを使ってしまったのだ。
「これだけか・・・」
 少年は所持金を確認するとため息をついた。





 
 ミッドガル、スラム街。神羅のお膝元でありながら、そこは有数の犯罪地区でもあった。
 上の煌びやかな街並みとは全く違い、けばけばしいネオンの中に悪戯描きがそこかしかにちらばり、隅には
 ゴミが山のように積まれている。不衛生の見本市のようだ。
 こんな場所で唯一良いことといえば、物価が安いことぐらい。それでもニブルヘイムに比べると3割ほど高い。
 
 通りには夜にも関わらず人があふれていた。いや、だからこそか。
 故郷の村では日が落ちると人々は家の中に閉じこもり、滅多に出歩くことは無い。例外といえば祭りの日ぐらい。
 そんな中で育った少年は、人が多い場所が苦手だった。
 見ているだけでうんざりしてくる光景だ。
 さっさと適当な宿を見つけて休もうと、並び立つ看板を睨みつける。


「ねぇ。君〜ひとりぃ?」
「俺たちとお茶しない?」
「可愛いねぇ〜」
 背後にかかった声を無視して少年は歩き出した。
「あれれ、つれないーい」
「無視しないでよー彼女ぉ」
 騒がしく笑いながら男たちの一人が、少年の肩を掴んだ。
 
「・・・っ触るなっ!俺は男だ!」
 母親ゆずりの女顔のせいで、村でもさんざん馬鹿にされていた少年は女扱いされることが何より我慢できな
 かった。肩に置かれた手を勢いよくはらうと、男たちを睨みつける。
「男っ!?」
「嘘!マジで?」
「あー、でも大丈夫大丈夫。君ほどカワイーなら問題なし」
「ふざけるなっ!」
 からかわれていると思った少年は、白い頬に朱をたちのぼらせ男たちに怒る。
 そして、男たちは改めて正面から見た少年の美貌に息を呑んだ。
「うわっ、美人〜っ!」
「奢ってあげるからさ〜」
 初めこそ駄目もとで声をかけたはずの男たちは滅多にお目にかかれない上物にしつこさを増した。
「放せっ!」
「かっわい〜っ!」
「『放せっ!』だってさ!」
 ぎゃははは、と笑う男たちの腹の立つこと。
 少年は拳を握り締めると、深呼吸をし男たちに背を向けた。相手をするだけ無駄と判断したのか。
 だが、男たちは少年を逃がすつもりなど、すでに無かった。
「おっと」
「どこ行くのかな〜」
「僕たちの相手してくれないと?」

「・・・・・・

「ん?何?」







「邪魔なんだよっ!」







 叫ぶと、少年は頭一つは高い男たちに殴りかかった。
 その動きは俊敏で迷いが無かった。
 目の前の男の喉を突くと、呆気に取られている残り二人の急所を狙う。

「うわっ!」
 反射的に男が腕で顔を庇うが、そのためにがら空きになった鳩尾に蹴りを入れ吹き飛ばす。
「・・・っこいつっ!」
 我に返った残る一人が少年に掴みかかるのを、容易く避けて背後から首筋に手刀を当てた。
 少年の動きは流れるようで、明らかに何かの鍛錬を受けた人間の動きだった。

「待った。そこまでにしてやれよ」
「!?」
 二度とこんな気が起きないように、と更に男たちに向かおうとした少年の腕を掴んだ者が居た。
「・・・・・・」
 不審そうな少年に、浅黒でざんばらな黒髪をさらした青年はにへら〜と軽い笑いを浮かべている。
「それ以上やると傷害罪で掴まっちまうぜ。さすがにヤバイだろ?」
「・・・・・・・・」
 言われて、頭に血が上っていたらしい少年は力を抜いた。
「・・・・いつまで、掴んでるつもりだ」
「あ。わりわり!」
 振りほどこうとしたものの、予想外に青年の力が強かったらしく少年の顔がきつくしかめられる。
 慌てて手放した青年を無視し、少年は放り出した荷物を拾い上げるとすたすたと歩き出した。
「お。おいっ!」
 これ以上ここに居て、騒ぎに巻き込まれるのはご免だと思ったのか・・・宿を探していることを思い出したのか。
 いずれにせよ、それは懸命な行動だった。





「おい・・・おいっ!なぁって!!ちょっと待てよっ!!」
 掛けられる声にすたすたと無視して歩く少年は、声の煩さに諦めたかのように振り向いた。
「おっと・・・て、急に止まんなよ」
「・・・待てと言ったり、止まるなと言ったり・・・あんた、いったい何なんだ?」
 冴え渡る氷のように凍てついた表情で少年に見上げられた青年は、ひゅぅと口笛を吹いた。
「お前、すげー美人だな」
「・・・・・・・・」
「・・・て、ちょっと待てって!!」
 再び青年に背を向け、歩き出した少年を慌てて止める。
「煩い。俺にあんたの言うことを聞く義務なんて無い。だいたい俺を美人だと言う奴にろくな奴は居ない。これ
 以上つきまとうなら、あの男たちと同じ目にあわせるぞ」
 アイシクルエリアの氷を思わせる蒼い瞳が突き刺さる。
「いやぁ、厳しいお言葉♪・・・でもあいつらと同じにしてもらっちゃ困るなぁ。これでも俺、あんたの上司だぜ?」
「は?何言ってる?」
 ほれほれと自身の顔を指差す青年に、少年は不審そうな顔を向けた。
「え?わかんねぇ?お前、神羅兵だろ?」
「・・・違う」
「えっ!違うのかっ!?・・・俺はてっきり何か訓練されてそうな動きだったからそうだとばかり思ったんだけどな」
「・・・・なる予定ではあるけど」
「あ?・・・・あぁ、なるほど。そういや募集時期だったよな・・・」
 そうかそうか、と一人で納得している青年に、少年は困惑した表情で佇んでいる。
 上司という青年の言葉が本当ならば、少年が神羅に採用されれば事実、上司になるのだろう。
 それをここで無視しても許されるのか、しかし、採用されていない今は全く関係が無いのも事実・・・。
 さて、どうすればいいのか。少年はとまどっていた。

「つーことはさ、試験までの宿探しやってたわけか」
「・・・・・・」
「物価高いからな〜ココ。あんな奴らに絡まれてたってことは、このあたりの出じゃないだろ、お前」
「・・・・・・」
「俺もさ、ゴンガガから出てきた時はそりゃぁ苦労したもんな!何でこんなに高いんだーっ!て毎日叫んでたぜ」
「・・・・・・」
 少年が沈黙を続ける間にも青年はしゃべり続ける。
「んで、宿は決まったわけ?」
「・・・・・・・・まだ、だ」
:「それじゃ、俺のとこ来いよ。この近くだからさ」
「・・・・・・。あんたが本当に神羅兵だっていう証明は?」
 少年は言葉だけでは信用できない。しかも兵士とは思えないほどに青年は軽そうだ。
「ん?そうだな〜・・・・・じゃ、コレで」
「は?」
 掛けていたサングラスを外し、男は自身の顔を指差す。
 何が『コレ』なのか・・・意味不明な行動をおこした男の顔をクラウドは眉ねを寄せて睨みつけ・・・
 『あ・・・』と声を漏らした。
 男が悪戯っぽく笑っている。

「あんた・・・・もしかして・・・・」
 人にはあらざる縦長の瞳孔・・・そして、透明な翠緑色の瞳。
 ―――― 魔晄の瞳。
 それを持つことが出来るのは・・・
「・・・ソルジャー・・・」
「ピンポーン★」
「・・・・・・」
「な、これで証明できたっしょ?」
 まさか、これほどに早く『ソルジャー』に出会うことが出来るとは思って居なかった少年は、外からはわから
 なかっただろうが、混乱していた。
 
 少年の目標。それが目の前に居る。
 ――――― だが、想像していた存在より、遥かに『普通』に『お軽く』。

 眩暈がした。
 後悔した。
 何だか、ニブルヘイムに帰ってしまいたくなった。
 旅費のことを考えてすぐに却下したけれど。


「――― じゃ、そういうことで」
「こらこらっ待て待て!」
 妙に疲れた表情を浮かべて去っていこうとする少年を、ソルジャーが慌てて追いかける。
「待てって!・・・ったく、本当、・・・まるで警戒心強い野生のチョコボだな・・・」
 ぴくり、と少年の肩が震えた。
「俺、ソルジャー・セカンドのザックス。お前は?」
 少年の拒絶の気配を察することが出来ないのか、ザックスと名乗ったソルジャーは馴れ馴れしく話しかけてくる。
 これがソルジャーでなければ、一撃与えてさよならするところなのに・・・。
「・・・・クラウド」
「クラウドか!よしっ!試験までは・・・あと三日か!色々教えてやるからな!」
 ばしばしっと背中を叩かれたクラウドは痛みに顔をしかめた。
 ・・・・ソルジャーの怪力を考えて欲しい。



 幸運なのか、不運なのか・・・・ザックスに引きずられるクラウドは溜息を落とした。










  



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