Marionette 2
一通り基地を案内されたセフィロスは基地の責任者や上層部の者たちとの打ち合わせに入った。
機密内容も含まれるため、クラウドは席を外していた。
セフィロスには好きにしていろと言われたが、見知らぬ場所であるためうろついていて迷子になりかねない。そうなれば、それをネタに後々ザックスあたりに揶揄われるのは容易に想像がついた。
クラウドに出来たのは、兵士が休憩するだろう広くなった場所でぼう、と間抜け面を晒すだけ。
遠巻きにする基地の兵士たちの視線が煩わしい。
セフィロスの後ろをただついて歩いて何もすることが無い用なしの下士官などミッドガルに置いて、一人で来れば良かっただろうに。
クラウドは心の中で鬱屈をためていく。
そして、つい人の気配に気づくのが遅れた。
「おい」
宙を漂っていたクラウドの瞳に光が戻る。
内心驚いていたものの、それを表には出さず声のした方を向いた。
するとそこにはクラウドと同じ……つまり神羅の大部分の兵士が着る青の制服をまとった男たちが3人立っていた。年齢的にはクラウドより数歳は年上だったが、まだ十代だろう。兵士暦としてはクラウドと同じが少し上程度。
「おい、何とか言えよ!」
無言で観察するクラウドに声をかけてきた男が怒り気味に声を重ねる。
何の用かは知らないが、勝手に声をかけてきておいて何と言えよも無い。しかも元来人見知りの激しいクラウドには他人に愛想をふることもない。それが相手には生意気だとか、お高くとまっているだとか言われる所以なのだろうが、他人に何といわれようとクラウドは全く気にとめない。いちいち気にしていたらそれこそクラウドは毎日悩んでいなければならないだろう。
「ちょっとサーの下士官になったからってお高くとまりやがって」
ほらこれだ。
気にしないからといって、面倒でないわけでは無い。
クラウドはあからさまにため息をついた。
それが更に相手の気に障ったらしい。
「こいつ……っ」
「まぁ待てよ」
一歩踏み出したそいつを他の仲間が引き止める。
「最年少で神羅軍に入隊したのってお前だろ?」
「……」
「すっげー美人だってここまで噂が流れてきたもんな」
クラウドは無言で、相手を見つめた。ザックスをして『まるでブリザガ食らわされたような』気分さえするという青い瞳で。さすがに相手の口が閉じた。
「ふん、どうせ兵士とは名ばかりの色小姓なんだろ」
最初に食ってかかった男が吐き捨てた。
「なーなーやっぱ、その顔でサーに取り入ったわけ?」
にやにやと他の二人がクラウドを見つめる。まるで品定めするような視線に気分が悪くなりそうだ。
「顔だけじゃなくて、あっちもサイコー!てか?」
げらげらと笑い声をたてる。
クラウドは椅子から立ち上がり、頭一つ分は高い三人に向き合った。
「そう言うお前たちこそ、サー・セフィロスを侮辱しているんじゃないのか」
「何……っ」
「俺が顔や体でサーに取り入ったと言いたいんだろう。つまりお前たちは、サーのことを顔や体に騙されるような、その程度の人間だと思っているということだ」
まさかそんな風に切り返されるとは思っていなかったのだろう3人が一瞬呆然とした表情を晒し、ついで怒りに顔を赤くした。
「こいつ人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」
最初から喧嘩腰だったくせに、どのあたりが下手なのか。
「口だけのくせしやがって!前線にも出たことねーガキが!」
(お前らも十分ガキだろ……)
クラウドは心の中で悪態をつく。それこそ口に出してしまっては騒ぎは収まらなくなるだろう。
「おらっ何とか言えよ!」
「あらら恐くて何も言えませ~ん、てか」
「サー助けてぇ~なんてなぁ」
馬鹿を相手にするのは本当に疲れる。
故郷では、クラウドが何の反応もしないので他の連中もいい加減無視して居ないもののように扱うのが常で、クラウドの精神的にもそのほうが楽だった。
しかし、ここでは無視してもからまれ、口に出しても生意気だと言われ……いったいどうしろというのだろうか。だいたいこいつらはクラウドに対してどんな答えを求めていたというのか。
『はい、そうです。顔だけでサーに取り入りました』とでも言えば満足するのか。
「おいっ」
「うるさい」
「な……っ!?」
思考に沈んでいたクラウドは、つい反射的にそう呟いてしまった。
やってしまったと思うが、もう遅い。相手はやる気だ。そして、クラウドも素直に殴られてやられるような可愛い性格はしていない。
仕方ない、と覚悟して戦闘態勢に移ろうとしたクラウドの肩を誰かが叩いた。
「!?」
その瞬間まで誰の気配も感じていなかったクラウドは、今度は驚愕を瞳に浮かべて振り返る。
「まーまー、こんなとこで喧嘩はヤバイんだぞ、と」
おどけた口調で片目を瞑った男は、赤い髪にピアスという何とも派手な風体をしていた。だらしなく着崩した青い軍服の胸元には銀のネックレスものぞく。頭の固い上の連中が見れば、すぐさま風紀が乱れると指導しそうな男だった。肩には意外にも軍曹の階級章をつけていた。
「サー・セフィロスがいらっしゃるってんで上の奴らがピリピリしてんだからさ、騒ぎなんて起こしたあかつきにはすぐさま営倉入りだぞ、と」
語尾に独特な癖がある男の手は、クラウドの肩に乗ったまま。セフィロスの下士官とはいえど、クラウドに階級らしいものは無い。自分より階級が上の人間の手を振り落とすわけにもいかず、とりあえず顔を顰めて無言の抗議をしてみた。
男はおっという顔をして、にやりと笑ってみせる。先ほどの男たちとは違って嫌味っぽさは無い。
「どーするんだぞ、と」
止めに入った割りには、暴れたいのならばどうぞ、という雰囲気だ。
男たちは気が殺がれたのか、ちっと舌打ちするとクラウドを睨みつけて去っていった。
「おー、行っちまったぞ、と」
「……」
赤い髪の男は額に手をかざし、立ち去る姿を面白そうに眺めている。
「さて、と」
完全に立ち去ったのを見届けて、男はクラウドに向き直った。
興味深そうな視線を隠すことなく見下ろしてくる。
「初めましてだぞ、と。俺は……」
「クラウド」
いきなり自己紹介を始めた男の言葉を遮ったのは、艶めいたバリトン。
会議を終えたらしいセフィロスだった。