Cinderella 6


 クラウドは、セフィロスの執務室へと向かう道すがら……居心地の悪い思いをしていた。
 気分が悪いのでは決して、無い・・・恐らく、ただひたすら居心地が悪いのだ。

「よぉ、クラウド!昨日は凄かったぜ!」
「今度は俺とも対戦してくれよ!」
「外見だけのお人形さんかと思ってたら、意外と体育会系だったんだな!男だな!」
「早く傷が治るといいな!」

 ソルジャーたちがにこやかに話かけて立ち去っていく。
 クラウドは未だ嘗て無い状況にどんな顔をして良いのかわからず引き攣ったような表情を浮かべて「はぁ」「ありがとうございます」「はい」などと頭を下げてそれらを見送った。
 この環境の変化はいったい何事であろう、と疑問に思いながら執務室に現れたクラウドをザックスが出迎えた。

「何お前、変な顔してんだ?」
「……ザックスほどじゃない」
 こっちの気も知らないで、とムカついたクラウドはザックスを睨みつけて自分のデスクにつく。
 セフィロスは居なかった。
「はっは~」
 ザックスが腕組みをして、にやにや笑いながらクラウドを見て頷いている。
「くくっ、お前でも照れることあるんだな!」
「…………はぁ?」
 意味不明なザックスの言葉にクラウドの目が細まる。
「ソルジャーどもに声掛けられたんだろ?」
「……見てたのか」
「まさか。見てなくてもわかるさ。男ってのは単純だからな、喧嘩の強い奴が一番で、尊敬される。この神羅で一番喧嘩が強いのはセフィロスだ。つまりそんな相手とイイ勝負したお前のことをあいつらは認めたんだ」
「イイ勝負って……負けたし」
「勝つつもりだったのかよっお前!?」
「……悪いか?」
 じろり、とザックスを睨みつける。
「はぁー・・悪かねぇけど……お前ってホント見かけにやらず心臓だな」
 呆れた風に言いながらも、ザックスの顔は温かい笑顔を浮かべている。それはまるで世間知らずの子供を見守る保護者のような顔だ。再び居心地の悪さを感じたクラウドは、昨日試合で時間が潰れてしまい、処理できず溜まっていた書類に手をつける。
 セフィロスの元に届けられる書類は機密文書か重要書類ばかりと思いきや意外と『こんなものをわざわざ回してくるなっ!』というものも多い。だいたい本当に機密性が高いものはこんな紙切れで無造作に置かれずセフィロスの元に直接繋がるか、渡るようになっているのだ。
「サーは?」
「月1の定期健診行ってるんじゃ無いか?」
「定期健診?」
「そうそう。ソルジャーはだいたい半年に一度、魔晄の状態なんか見るのに健康診断が義務づけられてんの。で、セフィロスは特別に月1らしい」
 心底嫌そうにザックスは告げる。
「何で、半日もむさ苦しいおっさんどもの顔見て過ごさなくちゃいけないんだっての!」
 不満はそこらしい。
「あんなもん好きな奴はいねーけどな……アレの後の旦那荒れてるかな覚悟しといたほうがいいぜ」
「?覚悟?」
「超絶不機嫌。こーんな眉間皺寄せて、あの時の旦那には近づきたくないね」
 問答無用で正宗の錆にされる、と冗談半分に言ってみせる。
「・・・・想像つかないな」
 ザックスではあるまいし、セフィロスがたかが健康診断ごときでそこまで不機嫌になる理由がわからない。クラウドは、ザックスが面白おかしく話を脚色しているのだろうと思った。
 しかし。









「サー……?」

 半日後。
 扉の開く音に視線を向けたクラウドは、そこに無表情のセフィロスを確認して首を傾げた。
 基本的にあまり表情の変わることの無いセフィロスだったが、ここまで何の感情も見せず冷え冷えとした……というには生温い、殺気を纏っているのは珍しい。というより見たことが無い。
 せめてザックスでも居れば良かったのだろうが、生憎任務の打ち合わせがあると言って出て行ったばかりだった。
 セフィロスはクラウドの問いたげな視線に何も答えることなく、己のデスクに歩み寄るとどさりと椅子に腰かけた。まるでSSランクを一人でやり遂げた後のような疲労感が漂っている。
 クラウドは静かに席を立ち、給湯室に向かった。

「どうぞ、サー」
「……クラウド?」
 デスクの上に置かれた珈琲ではなく、セフィロスはクラウドを見上げる。
「何故、近づく?」
 こんな時のセフィロスにはソルジャー・1stさえ近づくことは無い。触らぬ神に祟りなし。
「近づかないと、珈琲が置けません」
 何を当たり前のことをとクラウドは言う。
「私が恐ろしく無いのか?」
「特に」
 クラウドはもっと恐ろしいものを知っている。
 その名は、           『孤独』
「……お前は変わっている。人は私を恐れ、悪魔と呼ぶ」
「貴方はセフィロスだ」
「…………」
「セフィロスという、世界最強の戦士。……そして、ただの人だ。貴方は神にも悪魔にもなれない」




 きっぱりと宣言したクラウドこそ、セフィロスの目には神々しく映った。