Cinderella 4


 クラウドはがくり、と膝を折る……ように見せかけ、その反動を利用して正宗を蹴り上げた。

「!!!!」

 観客から声なき叫び声があがる。
 あの妖刀正宗を足蹴にするとは……一歩間違えば己の足が真っ二つに為りかねないというのに。
 何という無謀。
 だが、クラウドにとってそれは無謀では無かった。
 セフィロスが正宗を突きつければ、当然刀の下方は棟になる。幾ら妖刀とはいえ、棟を打って足が真っ二つになることは無いだろう……そして、クラウドは教えを受けた師匠ほどでは無いが、体内の気を操って瞬間的に体の防御を操ることが出来た。
 普通の刀ならこんなことをされれば、折れたり曲がったりするのだがさすがに妖刀。びくともしていない。後方に跳躍したクラウドは、静かに笑っているセフィロスを睨みつけ、斜め後方に突き刺さっている己の剣を確認した。素手で妖刀正宗に立ち向かうことなど出来ない。己の剣を取り戻さなければならないが、セフィロスがそれを許すはずも無い。

(どうすればいい……どうすれば……)

 この期に及んでも、クラウドはまだ諦めてはいなかった。
 そんなクラウドを、セフィロスも仕掛けることなく面白そうに眺めている。
 ドラゴンと一対一でやりあい、余裕の勝利を収めたセフィロスの強さは、よくわかっている。クラウドとの模擬戦など、子供の児戯に等しいだろうことも。
 だからこそ、それだけで終わらせたくなかった。




 セフィロスはこちらの様子を隙無く伺う、アイスブルーに果てしない昂揚を覚えた。
 未だ嘗てどんな相手にも抱いたことのない、この感情の揺れ。
 思う存分に叩き伏せ、それでも己の下で足掻き続ける、屈辱に歪む少年の顔を想起する。
 その一方で、共に闘い肩を並べ、笑いあう自分たちという到底有りえないことさえも。
 そう。
 セフィロスは、この少年の笑顔をまだ目にしたことが無かった。
 彼がセフィロスに向ける顔は、いつも睨みつけるか、困惑しているか、怒っているか。
 その反応が見たくて、わざとやっているきらいはあるものの……もっと別の何か、そう例えば泣き顔や笑顔を見てみたい……と、思ってしまったのだ。
 いったい自分はどうしてしまったのか……




 クラウドは、セフィロスの瞳が僅かに揺れたのを感じて走り出した……一直線に。
 何たる無謀。素手でソルジャーに挑むとは、自殺行為でしか無い。
 さすがに模擬戦で、正宗を使って一刀両断とはならないだろうが……クラウドは、正宗のリーチが届く寸前で、右手を高く上げた。
 まるでマテリアを使用するような行動だったが、セフィロス付きの下士官とはいえクラウドに通常マテリアを装備することは許されていない。事実、彼の腕にもそれらしきものは無かった。
 ならば、何故。

 その疑問はすぐに解決した。

 彼は、クラウドは・・・宙を飛んできた落ちたはずの彼の剣を受け取ったのだ。
 ザックスが親指を突き出し、笑っている。
 1対1に他人が介在することは許されない……だが、ソルジャーを……しかもセフィロスを相手にしているのだ。多少の手助けをしたって責める奴は居ない。
 クラウドはしっかりと握った剣を再び構え、渾身の力を込めてセフィロスに振り下ろした。


 繰り出された攻撃を真正面から受け止めて、下から掬い上げるように、セフィロスはクラウドごと弾き飛ばした。恐るべきはソルジャーの怪力。
 だが、クラウドも負けず空中で体勢を整えると、背後に迫った壁を蹴りつけて・・・その勢いで再びセフィロスに向かって走り出す。
 打ち払っても、払っても……諦めることの無いクラウドの姿に……やじ馬は観衆と化し、やがてセフィロスに果敢に挑戦する小さな英雄に、いつしか声援を投げかけていた。




 結果は当然のことながら、セフィロスの勝ちだった。
 彼に指摘されたとおり、クラウドには持久力、体力面で平均並か以下。疲労で、足にきたところを容赦なく壁に叩きつけられた。
 無様に意識を失うことだけは免れたものの、背中の軋むような痛みは……敗北の証だった。









 念のために医務室に連れて行かれたクラウドを見送って、ザックスはセフィロスと共に彼の執務室に居た。ザックスは腰に手をあて、息も乱していない英雄を面白くなさそうに見ている。

「…………何か用か?」
「あんたの狙い通りってわけか」
「何のことだ」
「クラウドのことだ。……顔だけの下士官だって影で蔑んで居た奴も、これで考えを変えるだろうさ。何しろ『神羅の英雄』『鬼神』セフィロスと、例え手加減してたとはいえ、あれだけやりあったんだからな」
「そうか」
 あくまで知らぬふりのセフィロスが、妙に気に障った。
 こういう人間だってことは、知っていたはずなのに、今更。

                 クラウドのことだから?

「用が済んだなら出て行け。その鬱陶しい面を拝みながらでは、仕事が進まん」
「何を!この男前のザックスさ・・・」
「クラウドが言っていた書類は済んだのか?」
「げ」
 さーーっとザックスの浅黒い顔から血の気が引いた。
「や……やっべーーっ!」
 すっかり夢中になっていて忘れていた。
 叫んだザックスは、大急ぎで慌しく執務室を出て行く。
 ・・・まるで嵐が通り過ぎたような静けさが部屋を包んだ。



「クラウド……」


 セフィロスは腕を組み、椅子に凭れて……彼方に視線をやった。