Beauty and Beast 4
鬱蒼とした森の中を歩きながら、セフィロスの気分は珍しく高揚していた。
だいたいソルジャーになる奴らというのは、戦うのが好きだという人間が多くミッション中はザックスのようにテンションが高くなるものだが、生まれたときからソルジャーであるセフィロスの感情の起伏は驚くほどに少ない。『無い』と表現しても構わないほどだ。
それが今回は、自身でも不思議なほどに沸き立っている。
否。
今回は、では無い。これは少し前から続いている状態だ。
原因は、セフィロスの後ろを歩いている一つの存在。闇にも明るい金髪を持った幼い子供。
そう、子供だ。この神羅の英雄として畏怖されているセフィロスを気丈にも睨みつけてきた……。
美しい碧眼の瞳が、対抗心に煌いていた。
このセフィロスをあんな目で睨みつけてきた人間など居ない。鬼とも悪魔とも罵る敵であっても完璧な造形美を誇るセフィロスに恍惚した表情をのぞかせる。もっともすぐさま憎悪にとってかわるが、一度抱いた思いというものはそう簡単に消えるものではない。
だが、この子供のセフィロスを見る目は最初から変わらず……混じりけの無い真っ直ぐな、痛みさえ覚える純粋な思いに溢れていた。
まだ青い、それでも強さを欲してやまない目。
面白い。
そう、ただ思った。
「クラウド」
「はい」
背後を振り返り、子供の名を呼ぶと荒くなりつつある息遣いを押しとどめるように返事がかえる。
ソルジャーでないただの人の身では、この行軍はかなりきついものだろう。
……そうして、ふと悪戯心が沸き起こる。
「抱いていってやろうか?」
「…………は?」
ぽかんと呆気にとられたような表情が、瞬く間に色を変える。
紅く、怒りに色づく。
「大丈夫ですっ!必要ありませんっ」
からかわれたと思ったのか、それとも侮られたことへの怒りか……まるで気の立ったチョコボのように怒っている。
くつくつとセフィロスの口から笑いが漏れた。
おかしい。
面白い。
もっと。
もっと、色々な顔を……見てみたい。
「この、クソジジィ」
ぼそっと呟かれた言葉は、セフィロスに聞こえるように呟いたのではないだろう。だが、ソルジャーの高性能な耳は声音も息遣いも全く違うことなく捕らえる。
ミッション中で無かったならば、セフィロスは腹を抱えて笑っていたかもしれない。
その時。
闇の中に、紅い閃光が走った。
「!?」
咄嗟に体を固くしたクラウドの前で、セフィロスの張ったシールドが閃光を弾いた。
「ドラゴンのブレスだ。ファイアードラゴンのようだな」
頭の上から響くセフィロスの声には動揺の色は全くなく、余裕さえ感じられる。
「ザックスたちが横から回りこんでいるだろう。雑魚どもを片付けろ」
何時の間にか抜き放たれたセフィロスの愛刀正宗が、冴え冴えとした光を放っている。
ソルジャーたちは、セフィロスの合図にそれぞれ戦闘に散って行った。
果たして自分は何をするべきなのか?
クラウドには、まだモンスターと対等に戦える力など無い。援護するにしても、マテリア一つまともに使ったことは無いのだ。何もできない足でまといもいいところのクラウドなどをどうしてセフィロスは一緒に連れてきたのか・・。
「行くぞ」
「は……はいっ」
真っ直ぐにセフィロスが走っていく。風に、銀糸がなびく。
クラウドは躊躇を振り払い、その背中を追った。
「クラウド」
「はいっ」
「何かをしろとは言わん」
「……」
「ただ、その目で見ていろ」
強さを。
「はいっ」
Gyaaaaa.....!!!
ドラゴンの咆哮が大気を震わせる。
森の木々が打ち払われて、炎の中から姿を見せた巨体……ドラゴン。
縦長の瞳孔は、高いところから地上を睥睨し動くもの全てに攻撃を仕掛けてくる。
「離れていろ」
セフィロスの言葉と共に、クラウドを魔法の力が包み込んだ。
ソルジャー付きと言っても一般兵であるクラウドの装備はダガーと支給される銃。帯剣は許されていない。それでも。
「援護しますっ」
守られるためだけに、ついて来たわけじゃない。
クラウドは、携えた銃を構える。
「その銃では、ドラゴンの皮膚にはかすり傷もつけられんぞ」
「わかってます。でも、無視は出来ないでしょう」
セフィロスが、微笑を浮かべた。
「では、せいぜい頑張ることだ」
「っ頑張りますともっ!」
期待はしないと言わんばかりのセフィロスの態度に、ムカついたクラウドが叫ぶ。
だが、まだ付き合いの浅いクラウドは知らない。もし本当にセフィロスが何も期待しないのならば言葉などかけず無視するだろうし、第一ミッションに連れては来ない。
おそらく誰も信じはしないだろうが、セフィロスは本気でクラウドに『頑張れ』と声をかけたのだ……。
セフィロスが、天に手を掲げる。
瞬時に空を切り裂く稲妻がドラゴンに降り注ぐ。
普通の人間ならば、あっという間に消し炭になるところだがドラゴンの肌は堅く傷がついたようには見えない。だが、その衝撃は確実に体内に届いているのかドラゴンの暴れようがますます激しくなった。
セフィロスは次々に飛んでくる障害物を難なく避けながらドラゴンに近づき、正宗を振るう。
銀糸が舞い、白刃が閃く。
クラウドには、セフィロスへの憧れは無い。憧れは無いが……その強さが羨ましい。
恐らく、セフィロスはこのまま一人でも問題なくドラゴンを倒してしまうだろう。彼の顔色は全く変わることなく、息遣いにも変化は無い。
圧倒的な強さ。
「クラウドっ!」
名を呼ばれ、はっと我にかえる。
「……ザックスっ」
ドラゴンをここまで追い込み、合流したのだろう。彼の姿は雑魚モンスターの体液を浴びて凄いことになっている。
「無事かっ、怪我は!?」
「別に大丈夫だけど。あんたのほうこそ……」
「え!?オレのこと心配してくれたっ??」
「ただの確認・・つーか、臭いから近寄るな」
「ひどっ!感動の再会シーンなのにっ!!」
「……」
何故なのだろうか……とクラウドは考える。
ザックスが居ると、シリアスな場面も一瞬にしてコメディになってしまう。
「そんなことより、セフィロスの補佐しなくていいの?」
「いらねーいらねー」
ザックスがぱたぱたと手を振る。
「手なんて出そうものなら、『邪魔だ、モンスターと一緒に切り刻まれたいのか?』て言われるのがオチ」
「……?」
「どうした?」
「オレ、さっき援護するって言ったけど……『頑張れ』て」
「…………………………は?」
「……間抜け面」
「っとなぁっ!ホント……もうっお前初任務だってのに、イイ度胸してるぜっ」
くしゃりと大きなで髪をかき混ぜられて、クラウドは顔をしかめる。
「おいっこらザックス!さぼってんなぁーっ!!」
敵はドラゴンだけでは無い。ドラゴンの邪気にあてられて凶暴化したモンスターが森に溢れていた。
「あ、わりわりっ」
仲間のソルジャーに叫ばれて、ザックスがバスターソードを振り回す。
幅広の刃を持つその剣は相当な重量があって、恐らくクラウドには両手で持つだけでも精一杯だ。
「…………ザックス、むかつく」
「え……えぇ!?え、く、クラウド・・君っ!?」
何やっちゃったんだろと慌てるザックスを放って、クラウドはドラゴンと戦うセフィロスに視線を戻す。
ドラゴンの片腕が、切り落とされている。
切り口からは青緑の体液が流れ出していたが、セフィロスはザックスのように汚れてはいない。
絶え間なく吐き出されるドラゴンのブレスと、鋭利な爪の攻撃を受けながら……セフィロスの姿は戦いはじめたときと全く変化していない。かすり傷一つ負っていないのではないだろうか……。
強い。
「強い、んだな……セフィロスは」
ふと、ドラゴンの目がセフィロスから外れてクラウドに注がれた…………気がした。