Beauty and Beast 1


 前代未聞の人事は翌日には神羅中に知れ渡っていた。
 当然、兵士たちの間にも『クラウド・ストライフ』とはいったい誰だ、と探し回る連中も居たが、セフィロスはどこまでも手回しがよく、クラウドは夜の間にザックスの部屋へと移動していた。
 ザックスの部屋は、ソルジャー専用の建物の中にあり、兵舎とは違った棟になる。
 数日生活を共にしたことのあるクラウドは、ザックスのずぼらさを知り尽くしていて一緒に住むなんてご免だと一度は断ったものの、それならば自分の部屋に来るかとセフィロスに言われたため、究極の選択としてザックスを選んだ。英雄よりは、まだずぼらのほうがマシ、ということだろうか。

 寝汚いザックスを叩き起こして朝食を取る。
「マメだよな、お前」
「朝食べないと、途中で力尽きる」
「あーー……ま、育ちざかりだからな」
 間の沈黙が気になりつつも、クラウドは頷いた。
 小さい小さいと言われるクラウドだが、成長期はこれからなのだから。
 それよりも。

「…………何で、あんたが居るんっすか?」

 いったいどこで見ていたのか、クラウドが朝食を作り終えるタイミングで訪問を知らせるブザーが鳴った。
 クラウドにはザックス以外の知り合いは居ないから、ザックスの方の客だろうと躊躇いながら顔を出したら、何と扉の向こうに立っていたのは、一糸乱れぬ英雄様だった。
 唖然とするクラウドに、『おはよう』と声を掛けると、まるでそれが当然の如く部屋に入り、食卓に腰を下ろしたわけである。あまりに物慣れた様子に、もしかして毎朝のことなのか、と・・・二人分しか用意していなかった皿を一揃えしたわけなのだが・・・・

「え?毎朝来てるんじゃないの?」
「まさか。俺が毎朝わざわざ自分で作って飯食ってると思うかぁ?」
「…………だよな」
 よく考えればそのとおりだ。
「昨夜、ザックスと同室になるのをだいぶ渋っていたようだからな、様子を見てきた。下士官が気持ちよく仕事が出来る環境を整えるのも上司の役目だからな」
 あまりに嘘臭い台詞にザックスは内心で、けっと毒ついた。

(あんたが、部下のためにいったいいつどこでどう環境整えたっつーんだよ!)

「とりあえず、今のところは。……ザックスの寝室は覗いてないので何とも言えませんが」
「!!」
 パンにジャムを塗っていたザックスは、クラウドの言葉にぎくりと動きを止めた。
 クラウドが同室になるということで、急遽散乱していた物たちをザックスは己の寝室へと非難させていた。
 バレていない、しめしめ……と思っていたが、どうやらクラウドにはお見通しだったらしい。

「嫌になったら、いつでも俺のところに来て構わんぞ」
「…………考慮しておきます」
「有能で、料理の腕もある部下なぞ貴重だからな。ザックスなぞにはもったいない」
「……俺なんかで悪うございましたね」
 ザックスの言葉なぞ気にすることなく、セフィロスにクラウドに供された珈琲を優雅に口元に運んでいる。
 広い窓から朝日が入り込み、すらりとした姿を照らし、銀髪を煌かせる姿は、それこそ眼福だ。枠でもはめて壁に飾って鑑賞するに十分だが・・・・その性格を知れば、見惚れる気もしなくなる。というか、見惚れた自分が泣きたくなるほど情けなくなる。
 上機嫌なセフィロスに対して、ザックスは朝から憂鬱だった。ブルーデーだった。

「ああ、そうだ、クラウド。これを渡しておこう」
「はい?」
 薄いIDカードを渡される。
「お前の身分は一般兵だからな、持っているIDではセキュリティチェックで引っかかって俺の執務室まで来れん。
このソルジャー宿舎もそのカードで出入りできる。ザックスがいつも一緒とは限らんからな」
「……わかりました。ありがとうございます」
 果たしてIDカードを届けに来たことが本題なのか、朝食をいただきに来たことが本題なのか。
 英雄の行動は訳がわからない、とクラウドは思いながらIDカードを胸元へしまった。

「あ、ザックス」
「何?」
「後片付けは、ザックスだから」
「へ?」
「タダより高いものは無いということだな、頑張れよ。ザックス」
「……っあんたもタダ飯食っただろうが~~~っ!!!」
「俺は『客』だ」
「招いてねぇっ!!!!」
「朝から煩い、ザックス」
「うっヒドっ、クラウド君……」
「はい、エプロン」
「くっ……」

 決して鉾先を収めないクラウドに負けたザックスは、白いエプロンを手にして皿洗いに励んだのだった。