漂舶  ※ポーラの子供とか何もわかって無かった頃に書いたもの


「ねぇ、母上。どうして母上は父上の正妃にならないの?」
「まぁ!アルフ!あなた、とんでもないことよ!私が正妃だなんて、陛下にはちゃんと王妃様がいらっしゃる んですから。そんなことを言っては駄目よ」
 両手を頬に当て、息子の言葉に信じられないとポーラは動作で表した。
「でも、私はそのお姿を拝見したことがありません」
「当たり前でしょう。王妃様は天の国へお戻りになっていらっしゃるんですから」
 何をこの子は言い出すのか、とポーラの呆れる視線がアルフ……アルフリードに突き刺さった。
「それは亡くなっているということでは無いんですか?」
 アルフリードは常々不思議に思っていることをついに口に出した。デルフィニアの歴史や、父王の武勇伝が 語られるときにいつも登場する王妃グリンディエタ=ラーデン。女神のごとく美しい容姿でありながら、父王 と並び立つほどの剣の腕を有し、常に隣で王と共に戦場にあったという……そう、全ては伝聞で語られる その存在。僅か己が生まれる十年ほど前まで存在していたはずの人は、今このデルフィニアには居ない。
 誰に聞いても、『役目を終えた王妃は天の国へ戻られた』『この国に危機が訪れた時には再び降臨下さる でしょう』『王妃はまさにこの国のハーミアであられた』というだけで、納得できる答えをくれない。
 アルフとしては、病気か何かで亡くなったのだと想像しているのだが、さすがに父王に問いただすわけに いかず、母親に聞いてしまったのだが。
 母親は、『は?』と思いっきり間抜けな表情を浮かべた。
「何で、王妃様が亡くなられないといけないの?」
「だって、天の国て……亡くなったていうことの比喩じゃないんですか?」
「……あなた」
 ポーラは大きくため息をつくと、これだからと眉をひそめて頭を振った。
「アルフ、あなたは私に似ず、陛下のように聡明で……もちろん、陛下には叶いませんけれど、ともかく とても頭が良いけれど、ちょっと抜けてるわね」
「……(母上には言われたくない)」
「この国が平和になったことに安心された王妃様は天の国へ戻られたの。王妃様はお忙しい方なの。でも きっと今も私たちのことを見守っていて下さいます」
「……」
 アルフは今、自分が大きな間違いを犯したことに遅まきながら、気がついた。






「グリンディエタ王妃は、ご病気で亡くなられたのですか?」
「……殿下、それだけは万が一にもありえないことでしょう」
 母親では埒があかないと、見切りをつけたアルフは、もう一人話してくれそうな人へ当たった。
 それは、王国の重鎮サヴォア公爵。ノラ=バルロである。
「では、何故王妃はこの国へいらっしゃらないのですか?」
 バルロはアルフのそれだけの言葉で何が聞きたいか察したらしい、にやりと唇を歪ませた。
「なるほど、殿下は王妃が天へ戻られたという話を信じておられないわけですな」
「……まぁ、そうです」
「そうでしょうな、実際に見たことがなければ信じることは難しいことでしょう。誰あろう、この私だとて未だに 信じきれておりませんからな」
「本当ですか!?」
「しかし残念ながら、王妃がただ人でないことは身を持って知っておりますから」
「??身を持って??」
「そう、私は腕にはそこそこに自信があります」
「もちろんです、サヴォア公の剣の腕は誰もが認めるところではありませんか」
「ありがとうございます、殿下。その私ではありますが、王妃には一度も勝ったことが無いのですよ、本当に 我ながら悔しいと思うのですが」
 アルフが大きく目を見開いた。王妃の伝えきく剣の腕も話半分だと思っていたのだ。
「勝ち逃げされたままですので、いつか帰ってきていただきたいものだと願っているのですよ」
「王妃は、生きていらっしゃるんですか?」
「まぁ、殺しても死ぬような方ではありませんからな」
「わかりません。ならばどうしてこの国におられないのですか?」
「それは難しい問題ですな。ただ、王妃は戦女神という名の通り、戦の息吹の中にこそその存在は輝き、 平和な世にはとことん不似合いな方でしたから」
「でも、その平和のために父上と共に戦われたわけでしょう?」
「平和のためというよりは……」
 バルロは僅かに苦笑した。
「??」
「私も陛下と妃殿下がどのような関係でいらっしゃったかは当事者では無いので、真実のところはわかり ませんが、妃殿下は陛下のことをとても大切に思っていらした。陛下が何一つ持たぬ流浪の身であられた 頃から見返りを求めず唯一の味方となり、ささえていらした。そしてかけがえのない友だと、陛下のために こそ剣を捧げ、戦いの中に身を置かれていた……そのように私などは邪推しているのですよ」
「平和ではなく、父上のために……?」
「そう、きっと殿下もいつか妃殿下に会われることがあれば、お聞きになればよろしいでしょう」
「……お会いできるでしょうか?」
「殿下がそう望まれるならば」
「……サヴォア公、お忙しいのにお時間を割いていただきありがとうございました」
「何の、いつでも」
 いったい誰に似たのか……それとも両方か、腰の低い王子にバルロは鷹揚に頭を下げた。






「お前・・」
「は?」
その人は美しい碧玉の瞳を瞠らせ、嬉しそうに微笑んだ。
「ウォルとポーラは、元気か?」
「え?」