恐怖の日?!


久しぶりに顔を出したデルフィニア王宮。
しかしそこにいつもの静けさはなく、女官たちが忙しく走りまわっていた。
「……?」
王妃はその様子を目撃して疑問を抱く。
はて、何か事件でも起きたのだろうか?
「おぉっ!リィ、丁度良いところへ帰ってきてくれたな!!」
そんな王妃を目ざとくみつけた国王が手を振って駆け寄ってきた。
「いったい何なんだこの騒ぎは?」
「それが実はな……」
国王は詳細を語りだした。


しばらく前、ポーラの護衛ということで(詳しくは『ポーラの休日』参照)
魔法街に出向いた王妃たちはそこでとんだ勘違いにより一大仮装大会をや るはめになった。
王妃にしては珍しく国王に今度からポーラの護衛は他の者にやらせるように お願いをするほど疲れきった事件だったのだが、その顛末を聞いた国王は そんなおもしろい(不謹慎な)場に己がいなかったことを本気で悔しがった。
「お前は話を聞くだけだから面白いさ」
王妃はそんな風に言ったが、そこで終らないのが国王である。
ちょっとした悪戯心を出した国王は、仮装大会を開くことにしたのだ。
ただし国王主催ということになると大げさになる上、堅苦しいのでポーラの名前を借り、内輪(といっても招待されるのは錚々たるメンバーであるが)で それを開くことにした。

――ということで急な国王のその企画に今、王宮内は大忙しなのである。

「はぁ?」
その話に王女は眉をあげて国王を睨みつける。
「お前、本気か?」
「もちろん、いたって俺は本気だ」
そんな男の様子に王妃は付き合っていられないと肩をすくめて王宮を出ようとした……が、しかし。
「お前も参加するんだぞ」
その言葉に王妃は背を向けていた男に身をかえすと掴みかかった。
「何で俺がそんなものに出ないといけないんだっ!!」
「俺はもちろんだが、従弟どのもナシアスもイヴンもベルミンスター公もシャーミアンどのも皆、参加すると言っている」
「正気か?!」
「もちろんだとも」
お祭り好きの団長はともかくナシアスやイヴンまで参加するとは……。
王妃は開いた口がふさがらない。
「式典なぞのように堅苦しいものではなし、遊びのようなものだからな。少々頼んだら皆、快く出席すると言ってくれたぞ」
「……どんな悪知恵を働かせやがった」
その”少々”が問題だと王妃は国王を睨みつける。
「ポーラも楽しみにしていると言っていたぞ。お前が来るなら腕によりをかけて料理を作るとも言っていたな……そのお前が来ないとなるとポーラもさぞかし 残念がることだろうな」
「……」
「泣くかもしれんなぁ」
「……わかった、出ればいいんだろ、出ればっ!!その代わりお前もくそ面白くもない姿で現れやがったら承知しないからなっ!!」
「わかった。楽しみにしていろ」
全く王妃の怒りを解しない国王に、がっくりと肩を落とすと、どうせならシェラも参加させようと(自分ばかり貧乏くじを引かされるのはしゃくにさわった)西離 宮へと足を向けたのだった。




そして、数日後の夜。
ポーラの住居である芙蓉宮は各所に篝火がたかれ、昼間のような明るさだった。
そこに仮面をつけたり、道化師のような格好をした者やいつぞや王妃が着ていたドレスを真似た格好をした者などがぞくぞくと門を入っていく。
そこはデルフィニアであってデルフィニアでない。
もう異世界と呼んでもいいような異様な雰囲気に包まれていた。

「今夜は招待ありがとう」
「まぁ公爵さま。ようこそいらっしゃいました。ロザモンド様もいらっしゃいませ」
「とてもお可愛らしい姿ですね」
ロザモンドがポーラの姿を見て言った。
今夜のポーラはレースで飾られたブラウスの上に青緑の上着、ズボンという男装姿だった。それがポーラの華奢な線をあらわにして成年前の少年のよう な雰囲気を醸し出していた。
「ロザモンド様もとてもお素敵です」
姿勢の良い立ち姿、纏う衣服は黒で統一された上下に金糸、銀糸の刺繍が美しい。
誰もが見惚れる騎士姿だった。
一方のサヴォア公爵は何の冗談か全身白の神官姿だった。
「これほど貴公に似合わぬ格好もないだろうと言ったのだがな」
ロザモンドが呆れた口調で言う。
「何を言う。俺ほど清廉潔白なこの衣装が似合う男はいないぞ」
これにはロザモンドも首をふり、ポーラもコメントを控えた。
「あんたの腹黒さを隠すにはその白じゃダメでしょうよ」
3人の後ろから聞き覚えのある声がかかった。
振り向けば、イヴンとシャーミアンである。
「ほほぅ、山賊も今日はやけにりりしい格好ではないか。それなら立派な親衛隊に見えるぞ」
「シャーミアンどののお見立てなんでね」
そういうイヴンの姿は普段ならば絶対にお目にかかれない騎士姿だった。
「父の若いころの服なのです……イヴン様は父より細身ですので多少なおしましたが……よくお似合いです」
「本当に、独騎長さまじゃないみたいです……」
「いつもそのような格好をしていれば山賊が王宮を闊歩しているなどと言われなくてすむだろうに」
「余計なお世話ですよ。それに言ってる張本人はあんたでしょうが」
そして睨みあう、相変わらずの2人である。
「シャーミアン様は……何だかとても艶やかですね。でもよくお似合いです」
ポーラが胸に手をあて、シャーミアンを見つめる。
シャーミアンは今回のパーティの招待で何を着ていくかかなり迷ったのだ。
淑女の姿では仮装にならないし、騎士姿も普段よくするので仮装とはいいにくい。
結局、イヴンに相談にのってもらった結果、少々気恥ずかしいのだが普段は絶対に着ないような深紅のひだの多いドレスを着ることになった。
どこかの歌姫のようなその姿は普段のシャーミアンの清楚さを抑えて、妖艶ささえ漂わせている。
「それよりも妃殿下がすでにいらっしゃっていると伺いましたが……どちらに?」
シャーミアンがポーラに尋ねる。
「ええ……あちらに」
ポーラが言いにくいように手をさした。

「「「「……」」」」

その妃殿下の姿を目にいれて一瞬沈黙する一同。
「あれが……?」(ロザモンド)
「冗談がすぎる」(バルロ)
「おいおい……」(イヴン)
「まぁ……」(シャーミアン)
「私もいくら何でもその格好はと申し上げたのですが……仮装だからと仰って」

そう、ポーラの腕によりをかけた料理に舌鼓をうっているのはボロボロの布服を身にまとい、頭にはところどころから藁が突き出している帽子を被ったどう 見ても乞食としか思えない人間だった。
その乞食の半径1メートルには妙な空間が出来ている。
……つまり誰も近寄ろうとはしていない。
早速、一同はその人物に歩み寄る。

「「「「妃殿下??」」」」
呼ばれて乞食が手に食べかけの肉を掴んだまま振り向く。
ご丁寧にスミまで塗りつけたその顔には見慣れた緑の瞳が輝いていた。
「やぁ、皆遅かったじゃないか。何だ……変な顔して?」
「王妃……一応これでもパーティなんだぞ。もう少し楽しめる格好にされたらどうなんだ」
「団長こそ、その格好は何だ?最高の冗談なのか?」
「妃殿下……せめて帽子はおとりになったほうが」
「これも仮装の道具だからな。ロザモンドもシャーミアンもその格好よく似合ってるぞ」
「……ありがとうございます」
女性2人は目元をひくひくさせ、何とかそう答えた。
「イヴンもよく似合ってる」
「そりゃどうも。よくあの侍女がそんな格好でお前を外に出したな」
「シェラか?文句を言うんだったら道連れに俺の代わりに王妃の格好をさせると言ったらしぶしぶ納得してたな」
「それは一般に脅したと言うんだぞ?」
「その侍女はどうしたんです?」
「あっちで女に囲まれてる」
王妃の指差した方を再び一同が見ると……一人の麗しい貴公子が貴婦人たたちに囲まれていた。
「あれが?!」
「ちゃんと男に見えるな」
「……あれで”仮装”なのか?」
普段が仮装?のシェラ。
偶には男の格好をしてみろと王妃に言われてしぶしぶと仮装した結果があれでは不幸である。
こちらに気づいたシェラが助けを求めて必死の眼差しを送る。
だが王妃は無視した。
「おい、いいのか……放っといて?」
「ああ。そのうち自分でどうにかするさ」
どうやら今度の仮装大会に参加することにかなり怒りを感じているらしい。
触らぬ神にたたりなし。
一同は話題を変える。(哀れ・・・シェラ)
「従兄は?一番今回楽しみにしていた方だろうに」
「ウォルならナシアスとラティーナに手伝ってもらって仮装しているらしいぞ」
「ナシアス?」
「ラティーナ?」
バルトとロザモンドが意外な組み合わせに声をあげる。
「出来るまでは絶対に見るな、て部屋にもいれてもらえなかった」
その一同の耳に入り口付近からため息のような歓声が聞こえてきた。
「何だ?」
視線を向ければそこには美男美女のカップル。
男のほうは青を基調とした騎士姿にほっそりとした身を包んでいる。
女のほうは顔は目隠しのための仮面をつけているが整った顔をしていることはわかるし、腰に流れる髪に金粉を散らし、青に白のレースで飾りつけられ たドレスがそれを一層引き立てている。
それが見たままならバルロとロザモンドの組み合わせも十分にそう言えただろう、しかし。
「おい……あれはもしかして」
仮面をつけた美女のほうを呆然とした眼差しで見ながら婚約者の腕を掴むロザモンド。
「…………ナシアスだ」
さすがのサヴォア公爵も言葉がない。
「「ナシアス様っ?!」」
ポーラとシャーミアンが声をあげた。
「へぇ、ちょっと体格は大きいけどよく似合ってる」
「……あえて俺は何も言いませんよ」
その2人が一同に近寄ってくる。
「皆様、もうお揃いですのね」
騎士姿のラティーナが声をかける。
ナシアスは必死に視線を逸らしている。
「ぷっ何だ、お前その格好は……似合いすぎだ」
我慢できずに公爵が噴出した。
「っっバルロっ!!!」
「淑女がそのように声を荒げるものではないぞ」
「……っ!!!!」
ナシアスの白皙の顔が羞恥に真っ赤に染まる。
「公爵様……そのように仰らないで下さいませ。やっとのことでお連れしたのですから」
ラティーナが困った顔で言う。
”一生の恥”、”死んだほうがましだ”……と言うナシアスを仮面をつけるということでやっとのことでここまで連れ出したのだ。
「でも、本当によくお似合いですわ。私などより余程お美しいです」
「あ、ありがとうございます」
悪意のないポーラの言葉に顔をひきつらせながら必死でそれだけ言ったナシアスだった。
「ところでウォルは?一緒じゃなかったのか?」

「「……」」

王妃の言葉に2人が凍りつく。
「決して誤解なさらないで下さいませ、皆様。これは陛下がどうしてもと仰られて私はお手伝いしただけですから」
「……心臓に持病を持った方はいらっしゃいませんか?」
2人の言葉に一同顔を見合わせて疑問符を浮かべる。

「「あちらを」」

2人が指差す方向を一斉に見た。


「「「「「「……」」」」」」」

ソレを見た衝撃は団長の神官姿とか、王妃の乞食姿とか……ナシアスの女装でさえ一瞬にして払拭した。

「おおっ、皆お揃いだな!」
野太い声。
それはどう考えても国王だった……
ピンク色のドレスを着て、髪をアップにし、うっすら化粧をしているその姿は女装とか仮装などというレベルを超越し、ある種の人間を彷彿とさせた。
つまり……〇カマ(笑)

「「「「「へ……陛下っ?!」」」」」

呼びかけながらも皆は1歩……いや1メートルはその場から後退した。
(悪夢だ……)
全ての人間がそう思ったとしても仕方がないところだ。


「おま……お前何だっ!その格好はっっ?!」
いち早く復活した王妃が叫んだ。
しかし声が裏返っている。
ここまでこの人を動揺させるとは……ある意味で最強だった。
「どうだ?似合わんか?」
「似合うだと?悪ふざけにもほどがあるぞっ!!」
王妃は目をつりあげ怒るが・・・その当人が乞食姿では今いち迫力に欠ける。
「そうか?面白い格好だろう?」

「「陛下っ!!」」
「従兄っ!!」
「ウォルッッ!!」

手に拳を握って怒る皆に国王は大きな体を小さくした。
「何をそんなに怒っているんだ?」

ビシィィィィッッッ!!!!!
皆の背後に盛大な稲妻が落ちた。
もし目の前の人間が国王でなければ間違いなく袋叩きにされていただろう。


「もう二度と……
 お前の
 従兄の
 陛下の
話には乗りませんっっっっ!!!!!」

皆は一斉にそう宣言した。

「……それはひどい」
自覚のない国王の言葉に乞食王妃がどついた。




『今夜のアレは悪夢だったのだ。』
訪問客たちはソレを記憶の奥底に封じ込め、二度と現れぬように封印した。


それは『恐怖の日』。
思い出すことも口に出すことも憚られる恐ろしい夜だった。