19.灼けた月  (十二国記/雁・慶)









「延王、出来ることなら私より先に倒れないで下さい」

 延からの援助に関することで相談に訪れた玄英宮で、陽子は延王を相手に卓を囲んでいた。
 王だけの密やかな息抜き。それだけに人の居るところでは言えないようなことも口をつく。
「何だ、それは。俺が倒れたときには慶が支えてくれるのでは無かったのか?」
 呆れたように言われて、陽子は笑う。
「ええ、まずそんなことは無いと思って言いました」
「確信犯か・・・だが、俺はそう長く続くとは思わんがな。たとえ、明日滅んでも俺は驚かんだろう」
「そんなことは・・・。五百年も御世を支えている方の仰る言葉とも思えません」
「我ながらよくもったものだと感心するぞ」
 まるで他人事のように驚いてみせる。どこまで本気なのか、この王の腹を読める者は僅かだろう。
 だが、陽子は今の言葉は延王の本心であろうと感じた。
 だから、口を挟まず視線を延王に向けたまま・・・待った。

「蓬莱・・・日本か、そこからこちらの世界にやって来た陽子ならばわかるだろう。永遠の命というのが
 どれほど信じ難いものが。一生などよく生きて百年。その生の中で人の上に立ち支配できるのはさらに
 短期間となる。・・・50年も無いだろう。そう考えてみると俺はもうその十倍も権力の座に居ることになる。
 時折、現実であることを疑っても無理の無いことだろう」
「私には延王がそんなことを疑っているとは思いません」
「言い切るな。根拠は?」
「夢というのは、望みのままに優しいものです」
「こちらの世界は厳しいか?」
「厳しいというか、妥協を許さないというか。私はあちらの世界のほうがそういう意味では夢のような非現実
 に近いものだったと思います。私は本当に流されるままに生きていましたから」
「満足しているか?」
「いいえ」
 即答した陽子はそれは楽しそうに美しい笑顔を浮かべた。
 それを見た延王は目を見張る。
「私はまだ満足するほどの何かを成していない。だから、満足はしていません。延王は如何ですか?」
「そうだな、成せば成すほど満足とはほど遠くなっていく気がしているな」
「それでは、私もまだまだ満足を得ることは先になりそうです」
「陽子」
「延王もそんな中途半端で倒れるなんて嫌でしょう?」
「・・・何やら誑かされている気分だ」
 少し驚いたふうな陽子は、すぐにくすくすと笑い出した。
「私ごときに誑かされる延王ではありません。安心して下さい」
「・・・時々思うのだが、お前、俺のことを著しく過大評価していないか?」
「まさか。これでもまだ足りないと思うほどです」
 にっこり笑って言い切ると、延王が苦虫を噛み潰した顔になり、小さく”したたかになりおって”と呟いた。
「そうなるように教えて下さったのはあなたですよ?」
「・・・全く優秀すぎる生徒で涙が出そうだ」
「ありがとうございます。私も優秀な先生を戴けて光栄です」
「・・・・負けた」
 延王はそういうとお手上げだ、と両手をあげてみせた。
 その様子にますます笑いを深くする陽子。



 密やかなる王同士の会談は、穏やかに明るかった。








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