6.おまけ 【ミスジパ/暗き深淵に宿りしは・番外編】








 天界――― 神と天使たちの住まうこの世界。
 神を頂点とした堅固な縦社会として成立している。
 天使たちは・・・いや、未だ天使とは認められない”卵(ラン)”たちは、天使としての証明である翼が背に
 生えた時点で、見習い学校に進み、卒業して晴れて天使として働くことが許される。








 見習い学校、最上級生である光秀は背中の翼も歴代記録を更新する早さで完成し、将来を有望視
 される天使である。眉目秀麗で、生真面目が形となったような性格は後輩たちに慕われていた。
 その光秀は、最近気に掛かることがあった。
 今期の新入生の一人、『日吉』と呼ばれる天使のことだ。
 特定の一人を気にかけるというのは異例のことではあったが、日吉の場合、その存在自体が異例で
 あったため無理も無いところと言える。
 天使は力の交感によって『卵』を育み、仲間を増やしていく。交感のための相性はかなり難しく、互いに
 同意しても、必ず『卵』を生み出すことが出来るわけではない。
 それだけに、『卵』は他の天使たちにも大切に育まれ、『親』となった天使は格が上がる。
 だが、日吉には『親』が居ない。
 天使に死という概念は存在せず、悠久にも値する時が終わるときは天の光となり、世界と同化する。
 もしくは、仕事中にトラブルに遭い、消滅することもある。
 だが、日吉の『親』はそのどちらの理由でも無く、最初から居ないのだ。
 何故そんな事態が起こりうるのか、見習い程度の光秀には知るよしもない。
 上級天使方は何かを知っているのかもしれないが、沈黙して語らない。それが余計に日吉の異質さを
 浮びあがらせた。同族意識の強い天使は、日吉のことを得たいの知れない存在として疎外し、卵たちも
 同じように日吉を無視した。いや無視程度ですめばいいが、露骨に嫌がらせを仕掛けるやからも居る。
 同じ天使とは思えない恥ずべき行為も自分たちとは”違う”という理由で教師も大目に見る。

 光秀は、人知れずため息をついた。

「光秀様?」
「・・・いや、何でも無い」
 光秀に声を掛けたのは、今まで思考の中にあった日吉本人である。
 今まで読んでいた本から顔を上げ、首を傾げている。
 古今東西の書物が揃うこの書庫の常連である二人は、始めこそ日吉のほうが恐縮して緊張しきりだったが
 今では言葉を交わすほどに親しくなっていた。光秀は、勉強熱心で機転のきく日吉を気に入っていた。
 話していて退屈しない相手というのは貴重だ。
「ため息は駄目ですよ?幸せが逃げていきますから」
 笑いまじりに、優しい声音が響く。
「そうだな」
 苦笑した光秀は、つっと日吉の頬をなぞった。
「み、光秀様?」
「また何かされたのか?傷が出来ている」
「あ・・いえ・・・これは実技の授業で・・・受身をとりそこなってしまって・・・」
 勉強熱心な日吉は実技さえなければ、楽に主席になれる。
 だが、以前光秀が手合わせした感じでは、運動音痴というわけでは無さそうだった。小柄で体力が無い
 のは仕方ないにしても、どうも相手を攻めるという意識が苦手らしい。
 恥じるように笑う日吉を眺めるに、つくづく光秀は思うのだ。

 (・・・誰よりも、『天使』らしい奴・・・)

 争いを好まず、いじめを受けても仕返ししようとも思わず、一生懸命に学んでいる。
 背中の翼はまだ小さくピンク色だったが、卒業する頃には完成した翼となって羽ばたくことだろう。
 きっとその翼は、誰よりも美しく、純白に輝くと、何の根拠もなく光秀は確信している。
 そう思わせる何かが日吉にはある。

「日吉」
「はい?」
「・・・頑張れよ」
「っはい!ありがとうございます」

 輝くばかりの笑顔は、いつまでも見ていたいと光秀に思わせた。











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