裏工作


 Trrrr......


「はい、東海公司秘書課です」
『あの、工藤です。・・・廖さんはいらっしゃいますか?』
 見知った人物からの電話に、受話器をとった女性秘書は顔をほころばせた。
 こちらの電話に掛かってくることは珍しいが、秘書課では『工藤』という青年は暗黙の了解のようになっている。
「はい。いらっしゃいます。替わりますのでお待ちください」
 電話を保留にして、書類決済をしている秘書課課長の廖に呼びかけた。
「課長」
「何だ?」
「1番にお電話です。ミスター・工藤から」
「・・・ありがとう」
 一瞬あった沈黙に、廖の葛藤が伺えた。
 しかし、ミスター工藤ならば社長直通の電話番号を知っているはずだ。何故こちらにわざわざ電話を掛けてきたのか・・・
「廖です。替わりました」
『こんにちは、廖さん。お忙しいところすみません』
「いえ、大丈夫ですが・・・どうされました?」
 廖の耳に聞こえてきたのは、かの人の容姿を表すように柔らかい広東語だった。
『実はビンセントの予定を教えてもらいたくて・・・ほら、ビンセントに直接聞くと』
「ああ、そうですね」
 たとえ予定がその日にあったとしても無いことにしてしまうことは想像に難くない。
 つまりミスター工藤は廖を気遣って電話をしてくれたらしい・・・心遣いに涙が出そうになる。
『今度、ビンセントに休みが入る日を教えて欲しいんです』
「はぁ・・・」
 廖の頭に納められているスケジュールでは向こう半年、ビンセントには休みらしい休みは無い。
 この香港で、1,2を争う忙しい男なのだ。
 だが、さすがにミスター工藤に半年も待たせるわけにはいかないだろう。そうでなれば確実にビンセント・青という男は問答無用で突然に休日宣言をしかねない。遠い親戚とは聞いていたが、彼等が真実どのような関係なのか未だに計りかねていた。けれどビンセントは何よりも最優先事項としてこの青年に対している。
「そうですね・・・来週の日曜日あたりなら」
『本当に!?良かった~・・・実は香港ディズニーに行こうと思ってたんです』
 やっぱり香港に居るなら一度は行っておかないと、と呟いている。
「香港ディズニー・・・」
 そこに社長を連れて行くつもりなのか、この青年は・・・おそらくビンセントには興味の欠片も無い場所なはず。だが、この青年の願いならば「ノー」という答えは彼には無い。

 強者だ。

 前々から感じていたことを、改めて廖は思った。

『ありがとうございました、廖さん』
「いえ・・・」
『お土産楽しみにしてて下さいね!』
「・・・はい、お気をつけて楽しんでいらして下さい」
『はい!』

 ミスター工藤の元気の良い(良すぎる)返事に、翌日に顔を出すであろう社長の疲労した顔が確実に想像できてしまった。




 そして廖はお土産として一抱えもある○ッキーのぬいぐるみを頂戴した。