罰ゲーム
「ビンセント。僕、結婚することにしたんだ」
「……ミスター工藤?」
「相手は高校の時の同級生なんだ。だから来月には日本に帰国するよ」
大事な話があるということで屋敷でビンセントを待っていた秋生が唐突に切り出した。
青天の霹靂。
まさかの予想だにしない告白にビンセントの思考が止まる。
「ビンセントにはお世話になったからちゃんと言っておかないとと思って。もし仕事の都合が良ければ式にも来て欲しいな」
招待状を渡すからと照れ笑いのように言われて、ビンセントの拳が強く握り締められる。
そう、秋生が結婚するという未来は至極可能性の高い未来だった。だがそれはもっと先のことだとビンセントは思っていたのだ。否、考えないようにしていた。
黄龍の転生体をずっと見守ってきた四聖獣、だがあくまで見守ることが役目であって介入することは許されない。今の状態が例外なのだとわかっていた。……つもりだった。
これほど心を揺さぶられているのに。
自分たちを、自分を見捨てられるのか。
否、秋生は黄龍では無い。ただ今を生きている人でしか無い。その人生を自分たちのために使って欲しいなど言える訳も無い。
「急な話でごめんね。セシリアたちにも会ったら伝えるから」
確実にセシリアはキレるだろう。
だがそれでも彼女は笑顔で見送るに違い無い。
ヘンリーも、寂しく思いつつも割り切るだろう。さすがにあの風体で結婚式に参加するなどどこの筋者かと勘違いされるので参加はしないだろうが、贈り物はするだろう。
玄冥……朗らかに笑い、見送るだろうか。
ビンセントは……目を閉じ、己の姿を想像する。
秋生が隣から消える未来を。誰かの手を取って去っていく姿を。
思考が全て黒く塗りつぶされていくように、恐怖、絶望……存在を失いかねないような重い思いがビンセントを染めていく。
世界が終わるように…………
「ビンセント……?」
全く反応しなくなったビンセントの様子に秋生が首を傾げる。
そして眼鏡の奥を覗き込んで、絶句した。
泣いている。
ビンセントが静かに涙を溢していた。
「ビンセント……っ」
秋生の手が伸び、涙が流れるビンセントの頬に触れる。
「ごめ……っ皆とやったゲームで負けて罰ゲームでビンセントを驚かせろって言われたから、えと、本当に……ごめん」
まさかビンセントが泣き出すなど想像だにしていなかった秋生が慌てて言い訳を口にする。助けを求めて他の三人が身を潜めているあたりに視線を泳がせたが、すでにそこに気配は無かった。彼らはすでに逃亡していたのだ。伊達に長く生きていない。
君子危うき近寄らず、だ。
いったいどうしたものか狼狽する秋生の手が、がしっと掴まれた。
「……ひっ」
ビンセントが暗い視線で秋生を真っ直ぐに見詰めていた。
「ミスター工藤……」
「っ本当にごめんっ!もうしないからっ!」
「嘘、なのですね?」
「え?へ?」
「貴方が結婚をされるというのは、ただの嘘なのですね?」
「う、うん!いや僕にそんな相手は影も形も無いからっ」
男としては非常に残念なことに。
「では、こちらにいらっしゃるのですね」
「う、うん」
「日本に帰ったりはなされないのですね」
「うん」
「私はまだ貴方の傍に居てよろしいのですね?」
「……ビンセントがそれでいいのなら」
そうして漸く掴まれていた手が解放されてほっとしたのも束の間、秋生はビンセントに抱きしめられていた。
「び……ビンセントっ!?」
再び慌てる秋生に構うことなく、ビンセントは腕の拘束を緩めない。
「ちょっ何!?え?……ビンセント?」
縋りつくように抱きつくビンセントに、秋生はとりあえず自分もビンセントに抱きついた。
何故なのか。
そして、ぽんぽんと安心させるように背を叩く。
「悪いけど、まだまだビンセントに迷惑は掛けると思うよ」
そういう予感がするのだ。
「……仰せのままに」
そのいつものビンセントの声の調子に、秋生はほっと胸を撫で下ろした。
その後、ビンセントにその他の四聖獣がどんな目にあったかは……黄龍様のみぞ知る。