世界の中心で愛を叫ぶ
「愛しています」
ごんっ。
何か凄い音がした。
見れば秋生が壁に頭をぶつけている。
気持ちがわからないでもない、と隣に居たセシリアは胡乱な眼差しで目の前の相手を観察する。
同じアジア人でも国によって顔のつくりは多少違う。日に焼けた精悍な顔立ち、180はあるだろう身長……なかなかイイ男である。
そう、『男』なのだ。
突然、大学構内を歩いていた秋生に告白してきた相手は。
セシリアは記憶を探り、相手がタイからの留学生であることを思い出した。名前は……覚えていない。
そのくらい接点が無い相手だったのだ。
それがいきなり告白してくるほど、いつどこで秋生と親しくなったのか。
それにしても、と驚いた後には怒りが湧き上がる。何故、女性であるセシリアでは無く、秋生なのか。
そのへん胸座掴んで問いただしたいが、ぐっと我慢した。
その間に秋生も復活を遂げていた。
「えーと、チャリー?」
秋生は相手の名前を知っているらしい。しかもイギリス人っぽい名前だ。
後から聞いたところによると本名は違って、ニックネームで呼ばれているらしい。
「秋生。どうか私と結婚して欲しい」
「えーと……それは、無理、かなあ?」
タイではどうか知らないが日本では同姓婚はできない。秋生だって結婚相手は普通に女性が良いと思っている。
……可能かどうかは置いておいて。
「何故?」
それは貴方が男だからです。
秋生は心の中で呟いたがそれが相手への言い訳になるとは思えない。
だって秋生が男だとわっていて告白してくるような相手なのだから。
「心に決めた相手でも居るのか?」
「……。……」
そんなものは居ない。過去にも居たことが無いが、未来には希望を持ちたい秋生だ。
「まさか横の女性なのか!?」
セシリアに飛び火した。
迷惑そうな顔を隠さないが、すぐさま否定しないのは秋生の窮状を酌んでくれているのだろうか。
「え、と……チャリー。いったい何で僕?」
まずはそこからだ。
「文化人類学の講義で私の隣に座ったことがあっただろう」
「えーと、あったね」
むしろそれが唯一の接点だった。
今更人類学も無いセシリアはその講義はとっていない。
相変わらず妙なものに好かれて、とセシリアは思っている。
「その時に私に微笑みかけてくれただろう?」
え゛、それだけ?
秋生とセシリアの心が一つになった瞬間だった。
「私には秋生の微笑みが仏の慈愛の如く感じられた。まさに運命だと思ったんだ」
「……大いなる勘違いね」
ぼそりと呟いたセシリアの声はもちろん届いていない。
「幼い頃より霊感に優れ、仏門に入ることを進められていたが何故かいざとなると邪魔が入り成されなかった。何故なのかわからなかったが、秋生に出会って漸くわかったんだ。きっと仏は秋生と出会うことを導いて下さっていたのだと」
セシリアが額を抑え、秋生の口が大きく空いた。
宗教は厄介だ。
さてどうやって諦めさせるか……困った時の神頼みでは無いが、秋生の視線は無意識にセシリアに向いた。
セシリアは大きく溜息をついた。
本当に厄介なのはこの青年のほうだ。厄介なのに頼られて嬉しいと感じさせてしまうこの相手が。
「それは無理よ」
「何だ君は」
秋生の前に庇うように出て来たセシリアを邪魔そうに睨む。
「私が何とかどうでもいいよ。でも秋生は貴方と結婚は出来ないの」
「何故だ。まさか君と……」
「まさか。私だって相手を選ぶわ」
「セシリア……」
「こほん。そうでは無くて、貴方が秋生と出会ったのは確かに仏のお導きかもしれない」
「貴方もそう思ってくれるのか!やはり」
何を言い出すのかと、セシリアの背後で秋生が慌てている。
「でもそれは結ばれるためにでは無いわ。秋生は仏門には入っていないけれどその属するところを生まれた時から定められている子なの。こう言えば信仰心の篤い者ならばわかるでしょう?」
秋生には全くわからなかったがチャリーにはわかったらしい。
これ以上なく見開かれた目で秋生を見つめ、首を振っている。
「何ということだ……おお仏よ。私をどうか導き給え……私は何と浅はかであったことだろう。その御心を勘違いするとは」
「仏は衆生を遍く平等に導いておられる。貴方の勘違いさえ仏は慈悲深く寛大な心で受け入れてくれるわ」
「おお……秋生!」
いきなり名を呼ばれた秋生がびくっと体を震わせた。
「貴方に出会えたことを仏に感謝します」
何故か拝まれた秋生は、どうすれば良いのかわからず顔を引き攣らせた。
「それで……今のは何だったのかなあ?」
「さあ?」
セシリアが手をあげる。
「宗教って厄介ですからね。相手を諦めさせるには適当に言っておけば適当に察してくれるわ」
確かにその通りだが、どうにも腑に落ちない。
「そ・れ・よ・り・も!」
びしっ!とセシリアに指差され一歩下がる。
「いい加減なんでもかんでも引き寄せるのはやめなさい!」
「僕のせいじゃ……」
「何っ?」
「……気をつける、よ」
何に気をつければよいのかわかっていないが。
とりあえずそう言っておかないと、セシリアの顔が怖い。
「ビンセントに報告しておきますからね」
「えっ!?ちょ……いや、ほら無事に片付いたし……」
ビンセントに報告された日には、またいつもの小言が始まるのは目に見えている。
過保護で心配性な青龍なのだ。
しかし秋生は未だに気づいていないのか、だいたい秋生の全てはビンセントに筒抜けだ。
だから、今更なのだ。