憂愁のセレナーデ 8
「――― 愚か者が」
『!!!!』
四聖獣たちが息をのみ秋生の周囲に集まった。
金色のオーラが身を包み、開かれた目も琥珀色から金色に変化している。
「黄龍、殿」
ゆっくりとベッドから体が起き上がる。
四聖獣は膝をつき、頭を垂れた。
「愚か者」
もう一度繰り返す。
「全く何もわかっておらぬな、お前は」
「黄龍殿」
頭を上げかけた青龍の額に、黄龍の手刀が落ちた。
「!!」
大して力をこめていたようには見えなかったが、青龍は雷に打たれたように固まった。
「いったい何千年人間(じんかん)で生きておる。転生体は、確かに我を内に秘めておる・・だが、全く関係ない人でもあるのだぞ。その体と精神に、お前たちが負担を強いてどうする?」
「負担、を強いる……」
まだよくわかっていないらしい青龍に、黄龍は深い溜息を吐いた。
「我と秋生は同じものであり、また違うものだ。そなたたちが、この転生体と共にあるのは、これが我の転生体であるという理由からだけか?」
「っとんでもありませんっ!」
真っ先に答えたのは朱雀だった。
「あたしは、秋生が……秋生自身が好きだからっ……側に、居ます!恐れながら……黄龍殿だからではござい
ませんっ!!」
「朱雀!」
「良い……まさしくその通りだろう。私はそなたたちに我が眠りを守れと言ったが、同時にこの夢を楽しむことも
望んでいたのだ。そなたたちとて、この夢の中に生きる存在であることに違いは無いのだから」
「……」
黄龍は自身の心臓のあたりに手をあて、目を閉じる。
「転生体は、不安を感じていたのだ。そなたらと共に在れるのは、自分が黄龍の器であるからだ。もし、自分が
ただの『工藤秋生』という存在であったなら、そなたたちは見向きもしなくなり、他人として扱うようになるに違い
ないと、な……」
「そのようなことはっ」
「無い、と転生体に言ってやったか?」
「……」
「口に出さねば伝わらぬ思いはある。この身は人ぞ。言わずともわかってくれるなどと、甘えていたのではない
のか?それともやはり、『工藤秋生』自身には用は無いと?」
「いいえ!いくら黄龍殿とて、その暴言は許せませんっ!!」
あの、『黄龍命』であるはずの青龍が、主に逆らうような言葉を叫ぶ。
僅かに瞠目した他の四聖獣とは別に、黄龍は楽しそうな笑みを口元に刻んだ。
「忘れてはならぬぞ。その思いを……お前たちは故意に見て見ぬふりをしているのかもしれぬが」
「……」
「この”工藤秋生”も、いつかは死を迎える」
黄龍の言葉は、鋭い刃となって四聖獣たちに突き刺さった。
「それが、何年後になるか何十年後になるかは、わからぬ……。先のことなど誰にも我にもわからぬゆえに、
悔いの残らぬよう、最善の選択ができるように努力せねばならぬ。この身を寂しく逝かせたくは無かろう?」
当然だと四聖獣は迷いなく頷く。
「それで良い。転生体が、不安に迷い二度とこちらに来ぬように……きちんと伝えることだ」
「……はい」
黄龍の気が徐々に小さくなり、秋生の体がベッドにゆっくりと傾いでいく。
覗き込んだ秋生の顔は安らかで、呼吸も脈拍も正常に戻っていた。
ただ、眠りを楽しむように。静かに。
「全く、あなたの馬鹿さ加減には呆れるのを通りこして感心するわっ!」
あはは、と気弱に笑う秋生はもうすっかり元に戻り、広東語も自由自在に操っている。
今日は恒例の四聖獣と秋生の食事会……まぁ名づけるならば、『秋生を囲む会』だろうか……その席で
セシリアは、改めて心配をかけまくってくれた秋生に苦情をまくしたてている。
これもまた、セシリアの愛情表現なのだろう。素直ではない。
「今回ばかりはオレも同感だぜ、坊や。まぁ、元はといえば……」
「……何だ?」
ヘンリーの視線を受けて、ビンセントが不機嫌そうに眉をしかめた。
「あなたのせいでしょっ!ろくにまわしきれない気なんてタイミング悪くまわすから」
「……」
「今さら黄龍殿離れが出来るくらいならとっくに出来るのよ。できもしなことをやりはじめるからこういうことに
なって余計な手間がかかるんだから、このさいもう思うように好きなようにベタベタしてちょうだい!」
セシリアはすっかり開き直り、老酒を重ねている。
「べたべたって……」
秋生の顔がひきつる。そうビンセントにされるのは秋生であってセシリアではないのだから、好きなように
言える。秋生のことは無視だ。
「ミスター・工藤。今回のことは……誠に申し訳ございませんでした。私の至らなさゆえに、無用な不安を抱か<
せてしまいましたこと……」
「ううん。僕のほうこそ……みんな、ちゃんと僕のこと考えてくれてるんだってわかってたはずなんだけど……
今の皆と過ごせる生活が凄く楽しくて充実してて……だからいっそう、無くなってしまったらって思ったら不安に
思っちゃって……ごめん、本当に。ビンセント、セシリア、ヘンリー、玄冥」
秋生がぺこりと頭を下げる。
「お止め下さいっ!」
「ううん、ちゃんと言っておかないと。言わないで溜め込んでおくとまた同じことになるかもしれないし」
「それは勘弁しくれ……」
ヘンリーが苦笑まじりに漏らす。
「ほっほっほっ、まぁ、終りよければ全て良しじゃな」
「うん」
いつも通りの秋生と四聖獣。
和やかというには、少しばかり騒がしい日々が戻ったのだった。