銀月
「ビンセント、『銀月』て知ってる?」
いつもの四聖獣との食事会の最中の秋生の発言にビンセントは妙な顔になり、他の三人は今にも
吹き出しそうに口元を押さえた。
「??何、有名なの??」
秋生がきょろきょろと四人の顔を見渡す。
我慢できなくなったヘンリーがぷっと吹き出し、隣のセシリアが”汚いわね”と柳眉をしかめた。
「え、古本屋のおじいさん。最近顔なじみになってよく行くんだけど、半分ぼけちゃってるみたいで、銀月がぁ
銀月がぁ、て話してくれるんだけど、僕には何なのか全然わからないんだよね。どうも人の名前みたいなん
だけど・・・知ってる?」
「それは・・・」
言いづらそうにしているビンセントに、セシリアとヘンリーが我慢ならんとばかりに席を立ち・・・厨房で笑って
いる声が聞こえてきた。玄冥までふぉっふぉっふぉっと笑い声をたてている。
ビンセントが殺気をこめて睨むが、一向に効き目はなさそうだ。
「????」
「ごほん、ミスター・工藤。『銀月』というのは・・・70年ほど前に・・・その、有名だった義賊の名前です」
「へぇぇ。義賊ってあれだろ、悪徳な金持ちとか役人からお金を盗んで貧しい人を助けるってやつ!」
「・・・・。・・・・」
「カッコイイねっ!でも70年前ってそんなに昔じゃないよね・・・そういう人てまだ居たんだ。ビンセントは会った
ことがある?その人に」
「いえ・・・」
「ふぉっふぉっ、そりゃあ無理じゃて、坊」
「?どうして、玄冥?」
「自分が自分に会うことなど不可能じゃからの」
「え?え??・・・え?」
余計なことを、とばかりにビンセントが玄冥を睨み、銀縁フレームを気まずげに持ち上げた。
「え?ていうことは・・・えっ!?も、もしかして銀月、て・・・」
秋生がビンセントを目を丸くして指差した。
「まぁ、行きがかり上・・・自分で名乗ったわけではありませんが」
「えぇっ!?ビンセントなんだっ!」
「はい、不本意ながら」
「えっ、どうして?凄いよっ!凄い!そっかぁぁ、ビンセントのことなのか・・・うん、意外だけど、ビンセントが
義賊なら最強だったんだろうね!どうしてやめちゃったの?」
「・・・。・・・」
どうしても何も、秋生はビンセントたちの本来の使命を忘れているのだろうか?まさかそんなことは無いだろう
とは思うが、何と言っても秋生だ。
「そりゃぁ、やってる意味が無くなったからな?」
「うるさいぞ、ヘンリー」
「????」
「秋生。ビンセントはホント、そんなつもりは全然無かったのよ。共産党やら日本軍から黄龍殿を守ってるうちに
そんな名前つけられちゃっただけなの」
「あ、黄龍か・・・」
やっぱり忘れていたのか。
「おかげで、奴らの目は私に向けられた」
「あら、そう」
「でも、どうして”銀月”なの?」
「・・・・・・」
秋生の問いにビンセントは口を噤み、、ヘンリーとセシリア、玄冥は再び噴出した。
「何なに??」
「『お前は、あの夜空にかかる三日月のように鋭く、闇の中でさえ強く銀色に輝く。本当に月のような漢だ。
そうだ、俺はこれからお前のことを”銀月”と呼ぼう。うむ、我ながら語呂もいい』」
「それ、その黄龍が・・・・?」
「正確に言うと、黄龍殿の転生体が、だけど」
「しかも必死に逃亡している最中に、だからな。暢気というか、大物というか」
「秋生といい勝負だわね」
「それ、褒め言葉じゃないよね・・・・でも、それなら別に笑うことないと思うけど?」
「くっくっ実は続きがあってな、後でその黄龍殿がこっそり教えてくださったんだが・・・」
「私はまた聞きしただけだけど・・・」
「『実のところ、青陽はやせ細りすぎて、三日月のようだったからな。さすがにそんな気の毒なことは言えんだろう』
ですって!」
セシリアとヘンリーがソファの背もたれをばしばし叩いて爆笑している。
ビンセントに悪いが、秋生も笑ってしまった。
「ミスター・工藤、言わせていただきますなら・・・私は至って普通でした」
憮然として弁解する様子がさらに笑いを誘う。
「お前たちもいい加減にしないか」
声音が低くなり、本気で機嫌が悪いことがひしひしと伝わるが、笑いの衝動はそうそう去ってくれるものでもない。
笑っている四人を一瞥すると、ビンセントは諦めたように肩を落としたのだった。