体験就職 序


 大学最後の夏休み。
 もう二度と訪れるだろうことは無い、人生でも特別な時間。
 リミットが近づく、その夏休みに入ってすぐのことだった。


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「ミスター工藤、これに参加されませんか?」
 己のマンションではなく、入り浸っているビクトリアピークのビンセントの屋敷、そのリビングで ゆったりとくつろいでいた秋生にビンセントが一枚の紙を差し出した。
「ん?何?」
 何だろう、と紙に目を走らせる。
「体験就職(インターンシップ)?」
「はい。就職予定の学生を集めて実際の仕事がどんなものか知ってもらう企画です。我が社の 色々な部署を見学していただき、就職活動の参考にしていただこうと思いまして」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
 秋生は素直に感心した。
 オリエンテーションや説明会程度ならよく開催されているし、冷やかし程度に秋生も何社か行って みたこともあるが、実際に仕事を体験するというのはあまり聞いたことがない。
 それもそのはず。
 この企画は秋生を東海公司に就職させたいビンセントが企てたことなのだから。

「就職してからどんな仕事をするのか僅かでも予備知識があるか無いかでは全く違います。こちら としてもどの程度の希望者が居るのか把握できますし」
「ふ~ん」
「期間は1週間です。もし興味がおありのようでしたらミスター工藤も参加してご覧になりませんか」
 秋生はしげしげと手元の紙に視線を注いでいる。
 ビンセントはそんな秋生を見て、獲物のかかった手ごたえにほくそえんでいた。



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「体験就職?何よ、それ」
 奢る約束をしていたセシリアと昼食を食べつつ秋生は昨夜のビンセントの話をしてみた。
「だから、まぁ・・・企業説明会の詳しい版みたいなやつだよ。セシリアも参加してみる?」
「ジョーダン!やめてよね、何でこの貴重な夏休みにどっかの公私混同した社長の顔見ながら 過ごしたいって思うもんですか」
「結構面白いと思うんだけどなぁ・・・まぁ、無理にとは言わないよ」
「何、それじゃ。あなた、参加するつもりなの?」
 物好きな、とセシリアの顔に書いてある。
「悪い?だって興味あるじゃないか・・・普段、ビンセントがどんな仕事してるのかなって。色々 迷惑かけてるから心配だし」
「はぁ・・・」
 セシリアはこれはダメね、と首を横に振った。
 いい加減青龍の傍に居ればわかってきそうなのに、天然なのか秋生は全く気づいていない。
 青龍にとって一番は黄龍であり、二番も三番も、それ以外は存在しない。大きくした会社だとて 黄龍のためにならばこそ、もし足枷にでもなれば即座に自ら壊してしまうだろう。
 どうせ今回のわけのわからない企画だって秋生を傍に置いておきたい青龍が企んだに違いないと セシリアは睨んでいる・・・そして、当たっていた。
 だてに五千年付き合っていない。
「ねぇ、やっぱりスーツ着ていったほうがいいかな?それとも・・・」
「・・・・・・」
 青龍の思惑にまんまと乗せられている秋生に、もう勝手にして頂戴とセシリアは思わずにはいられ なかった。





 そして秋生の体験就職が始まった。