日出る国にて 5


「あら、今日は早いのね」
「おはよう、セシリア」
 朝食の準備をしていた秋生はセシリアの言葉に苦笑いを浮かべた。
 日本に帰国してからの二日間、セシリアの観光に付き合わされて疲れたのか秋生の朝は遅かったのだ。
「何か用事?」
「ちょっとね。悪いけど、セシリア。今日は家に居てくれる・・・あ、一人で外出してくれてもいいけど」
「なぁに、あたしがついて行っちゃ都合が悪いわけでもあるの?」
「そうじゃないけどさ・・・別についてきても面白くないよ?」
「いいのよ、あたしは観光ばかりで日本に来たわけじゃないし。”黄龍殿の身に危険が及ばないようにくれ ぐれも注意していろ”て言われてるしね」
「ビンセント・・・・」
「まぁ、当然よね。何もしてなくてもトラブルに巻き込まれるんだから」
「好きで巻き込まれてるわけじゃないけどね」
「当たり前でしょ。それで、どこに行くの?」

「お墓参り」






 
 線香と蝋燭、チャッカマンを携えて秋生とセシリアは自宅近くの霊園にやってきていた。
「全く、それならそうと早く言えばいいのに」
「そんな言うほどのことでも無いだろ」
 秋生が今回日本へ帰国したのは、母親の命日だったからなのだ。
 父親は仕事で忙しい身であるし、秋生も日本を離れているため盆も彼岸も手入れすることが出来ず放置 されていた母親の墓には雑草がしげっていた。
 それを抜いて、周囲を一通り掃除して一息ついたところでのセシリアのセリフだった。
「何言ってんの。おかげでビンセントなんてしなくてもいい心配までしてたわよ」
「何を?」
「里心ついて日本に帰りたくなったんじゃないかって。もしかするとそのまま日本に戻ってしまうかも、て」
「あはははは」
「笑い事じゃないわよ。おかげであたしたちも日本まで来ることになったんだから」
 実はビンセントだけでなく、他の四聖獣も秋生が日本に戻ってしまうのでは無いかと不安に思っていたのだ がそんなことは秘密だ。だが、ビンセントとは違って他の四聖獣は、秋生がそうすると決めたなら止めるわけ にはいかないし、それならそうで最後の別れに顔をしっかり見ておこうと思ってわざわざヘンリーも玄冥も やってきていたのだ。
「ごめんごめん。でも僕は日本に戻る気は無いよ・・・まだね。まだ皆と居たいから」
 墓石の前で目を閉じて手を合わせる秋生の真似をしながらセシリアは、秋生の言葉を噛み締める。
「・・・そうね」
 確かに、”まだ”自分たちは一緒に過ごすことが出来る。
 年を取ることのない自分たちはいつか秋生の前から姿を消さなければならないとしても、今はまだ。

「さ、これで僕の用事は本当に終わり。後はセシリアに付き合うよ」
「そうね、思う存分案内してもらおうかしら♪」
「・・・・。・・・・お手柔らかに」
 セシリアの笑顔に秋生は顔をひきつらせた。







 残る三日間をさんざんセシリアに引っ張りまわされた秋生は、ややくたびれた表情で成田空港に居た。
「お疲れのようですね」
「確かに、疲れたけど・・・でも、楽しかったよ」
「それはようございました」
 帰国の飛行機までも一緒らしいビンセントはロビーで秋生を待っていた。
 セシリアたちは一足先に香港に帰っている。
 珍しく何のトラブルにも巻き込まれることなく、穏やかな1週間を過ごすことが出来た秋生たち。
 これも墓参りの功名かもしれない
「ビンセント」
「はい」
「・・・何だか、心配させちゃったみたいで、ごめんね」
「こちらが勝手にしたことです。ミスター工藤に謝っていただくことではありません。・・・一言事前に仰って
くださればよろしかったのに、とは思いましたが」
 セシリアと同じセリフに秋生が苦笑する。
「わざわざ言うのも何だしね。すぐに香港に帰るつもりだったし・・・父さんや母さんには悪いけど、僕は やっぱり日本に居るより、香港で皆の傍に居るほうがしっくりくるから」
「身に余るお言葉です、ミスター工藤」
 ここが空港ロビーで無ければ膝まづく勢いのビンセントに秋生は笑うしかない。
 また、こんなビンセントにも違和感を感じなくなってきている秋生でもある。

「それじゃぁ、帰ろうか」
 皆が待つ香港へ。
「御意」