就職最前線 4
「で、結局あれだけ周りをやきもきさせておいて全然決まってないの?これっぽっちも?」
「そんなに言わなくたっていいじゃないか・・・」
セシリアの棘ありまくりの言葉に秋生が情けない顔でぶつぶつ言い訳をする。
「あたしが言わなくて誰が言うのよ!男どもは揃って秋生に甘いんだから」
「・・・いや、お前も十分甘いぞ」
「何っ!」
ぎんっと睨みつけられて給仕をしていたヘンリーは視線をそらした。
恒例のお食事会・・いつ恒例になったのかは誰も定かには覚えていないが・・・で
ヘンリーの店に集った一堂は今回の騒動の元凶である秋生を囲んで互いの顛末を
語りあっていた。
「さすがに秋生が黒社会に入るなんて言い出すから驚いたぜ」
「僕も後で考えたらさすがにヤバイかな、て思って考え直した」
考え直す前に気づけよ、とは今更なので誰も突っ込まない。
「儂も坊とのカーチェイスは燃えたが、毎日あれではさすがに体がもたんの」
本気がにじみ出る玄冥の言葉に一同、深く同意した。
「でも一番意外なのは、本当にあのビンセントがちっとも口も手も出して来なかったことね」
セシリアは海老の餡かけを口に放り込む。
「確かにな。で、そのビンセントはどうした?また仕事で遅れてんのか?」
「うん、忙しいみたい。でも絶対に来るとは言ってたけど」
「・・・・」
確かにビンセントが秋生との食事の機会を見逃すわけがない。
そのために用事の一つや二つ・・三つや四つ、平気で投げ出す男だ。
「遅くなりました。お待たせして申し訳ありません、ミスター工藤」
ほら。噂をすれば影。
急いで来たであろうに息一つ乱さず、完璧な笑顔で秋生にだけ頭を下げたビンセントは
至極当然、とばかりに秋生の隣に腰をおろす。四聖獣たちもちゃんと空けている。
「ううん、先によばれてたから。仕事は大丈夫なの?」
「ご心配には及びません」
自信満々に答えるビンセント、秋生に対してはどこまでも完璧主義者ぶる。
「えーと、これ食べる?これも?」
そんなビンセントを労わろうとでも思ったのか、珍しくも秋生が甲斐甲斐しく取り皿に
ビンセントのぶんを拾い上げている。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。お手ずから・・・望外の喜びです」
「えへへ・・・どういたしまして」
「「「・・・・・・・。・・・・・・・」」」
何か違う。
二人の主従のありように、どうしても違和感を感じてしまうその他一同。
時代錯誤がかったビンセントと、それを何とも思わず無邪気に喜ぶ秋生・・・ある意味
これ以上のコンビは無いかもしれない。
「ミスター工藤。就職のほうはお決まりになったのですか?」
「ううん、なかなか。皆のアドバイスも貰ったんだけど・・・」
しゅんとしてしまった秋生にビンセントが笑う。
その笑いが「してやったり」に見えたのは気のせいだろうか・・・?
「そのように気落ちなされることはありません、ミスター工藤。若いうちというのは追々に
して己の道というのは見つけ難いものです。まだまだ先は長いのですから、これから
ゆっくり時間をかけて見つけていけばよろしいのですよ」
「ビンセント・・・」
ビンセントの正論だが、胡散臭い言葉に素直に感動した秋生は目をうるうるさせて
ビンセントを「そんけー」の眼差しで見上げる。
―――完全に騙されている。
四聖獣たちは諦めの吐息をついた。
「ですから、卒業してしばらくは社会勉強ということで、うちで働いてみるというのはいかが
でしょう?ああ、もちろんちゃんと試験は受けていただきますし、ミスター工藤を
特別扱いするつもりもありません。あくまで、うちはミスター工藤がやりたい事を発見
なさるまでの足がかりですからね。それほど重要なことはおまかせできませんが」
「でも僕がビンセントと関係がある人間だっていうのが知られたら困るんじゃない?」
「いいえ、大丈夫です。私などの身を案じていただけるとは・・ミスター工藤は本当に
お優しい」
「え・・いや、そんなことっ!」
秋生専用スマイルのビンセントにパタパタと手をふって否定する秋生。
照れているのか頬が赤い。
「というわけで、試験の日程ですが・・・」
秋生が東海公司に勤めることはすでに青龍のなかで決定事項になっているらしい。
秋生が事態を把握する前にとどんどん話をすすめていく。
押しに弱い秋生のこと、気づいたときにはきっと手遅れだろう。
脇で楽しそうなビンセントとふんふんと真面目に頷いている秋生を見て四聖獣たちは
そう思ったが、秋生にそれを告げるような馬鹿はしない。
だって命は惜しいから。
まぁ、これで当分青龍の機嫌は良いだろうし、秋生のトラブルにも巻き込まれずに
済むだろうと、ほっと胸を撫で下ろして料理をつつく三人だった。