ぷち家出


 ビンセント、セシリア、ヘンリー、玄冥へ
 ちょっと家出します。
 探さないで下さい。
 心配しなくても2,3日したら帰ってきます。
  ―――――――――――――――――――――秋生






 その置き手紙を最初に発見したのはセシリアだった。
 いつものように買い物に付き合って(付き合わせて)もらおうと秋生のマンションに出向いた ところでそれを発見した。
「なに馬鹿なことしてんのよ、あの子はっ!!」
 叫んだ後、セシリアは悩む。
 
 本人が2、3日で帰ってくるというのだから放っておいてもいいような気はする。
 秋生はトラブルメーカーだが自分からわざわざ危険に身を晒すようなことはしない、と思う。
 (というか思いたい)
 
 でも、それなら「家出」じゃなくてせめて友人のところへ遊びに行くとか何とか書いて もらいたかった・・・セシリアは心からそう思う。
 さて、問題は――――

「青龍に報告するべきかどうかよね・・・」
 言えば必ず四聖獣に総動員をかけて秋生を探し回ることは間違いない。
 想像するまでもない。
 心配するなと言っても心配せずにはいられない青龍のこと・・・秋生が見つかるまで
 捜索は続けられるだろう。
 すると。
 セシリアの予定も大幅に狂う。



「・・・見なかったことにしましょ♪」
 セシリアはハンドバッグを手に持つと、秋生の部屋を逃げ出した。




 次にそれを発見したのは不幸にも『夏バテでダウンしてるぼうやに料理でも作ってやるか』と 親切心を出し、マンションを訪れたヘンリーだった。
 一応、ベルを鳴らした後、勝手知ったる何とやらで主人の留守中にも関わらず、堂々と玄関を くぐり、リビングに到達したところでテーブルの上のブツを発見した。
「・・・・・・」
 ぽりぽりとヘンリーは一読した後、困ったように顔をかいた。
「家出なぁ・・・青龍のやつと喧嘩でもしたのか?」
 秋生が喧嘩したくても青龍のほうが応じないだろう。
 そして。
 セシリアと同じように悩む。
 『青龍に報告するべきか否か』
「帰るか・・・」
 ヘンリーはぽつりと呟き、買出してきた材料は無駄になるのでそのまま手に携え持ち帰る。
「・・・青龍のやつに見つかるまでに帰ってきてくれよ」
 神ならぬ黄龍頼みをしたヘンリーである。




 そして。
 そうはうまくいかないのが世の中。
 普段なら電話の1本で確認をとり、秋生のもとを訪れるはずのビンセントが近くに来たのでと マンションを訪れた。 確かこの時間は大学の講義もなくアルバイトも予定に入っていなかったはず・・としっかりと 秋生の予定を把握しているビンセント。

 玄関のベルを鳴らし、秋生の応答を待つ・・・・・こと5分。

「お留守なのか・・・?」
 一応、ノブに手をまわしたビンセントはそれが、がちゃりとまわったことに眉を寄せた。
「無用心な・・・ご注意さしあげなければ」
 無断で部屋に入るのは憚られたが念のためにと部屋に足を踏み入れる。
「ミスター・工藤。いらっしゃいますか?」
 返事はかえってこない。
 やはり留守なのかと踵を返しかけたビンセントはテーブルの上のブツを発見した。



「遅いっ!!!」
 予想通り、ビンセントは四聖獣呼び出し、とろとろと駆けつけた一同に叱責の雷を落とした。
「何をしているっ!!黄龍殿が行方不明なのだぞっ!!」

『ばれたのね』
『ばれたんだな』
 セシリアとヘンリーが目で会話する。
 
「ちょっと秋生だっていい大人なんだからそれほど心配することでもないでしょ」
「何を言っている!!ミスター・工藤は『家出』と仰っているんだぞ!我らの不甲斐なさが 招いたことだろうっ!!しかも、この書置きをミスター工藤が置いていったものとはいえない だろうが。誰かがミスター・工藤を誘拐し、無理やりに書かせたのかもしれない」
 よくぞそこまで考えられる。
 二人はいささか呆れつつも・・・黄龍のことだからと納得する。
 昔から少しも変わりはしない。
「とにかく秋生を探せばいいんでしょ」
「若い連中に探させよう」
 吐息まじりに言ったセリフに僅かに心配な響が篭もる。
 何のかんの言っても結局二人とも心配なのは青龍と同じだった。




『あれ?開いてる・・・』
 いざ捜索と外へ繰り出そうとした一同に場違いに呑気な声が玄関から聞こえてきた。
『おっかしーなぁ・・鍵かけるの忘れてたっけ?』

 どたどたどたっっ!!!!

「「秋生っ!!」」
「ミスター・工藤!!」

「え?え?え・・・何で皆いるのさ???」
 騒音と共に現れた玄冥除く四聖獣に唖然としつつ、秋生は肩から荷物を下ろした。

「よくお戻りくださいました!何か私に至らぬところがあれば何なりと仰っていただいて 構いませんのでもう二度とこのようなことは・・・」
 秋生にすがりつかんばかりに懇願するビンセントに秋生は「何のこと?」と首を傾げる。
「この紙よ!」
 セシリアがばーんっと秋生の目の前に問題のブツを差し出した。
「え、『家出します。探さないで下さい・・・』て・・・僕、こんなの置いた覚えないけど?」
「嘘おっしゃいっ!だったら何でここにあるのよ!」
「そんなこと言われても・・・」
「私が用意させていただきましたの」
 セシリアに問い詰められたじたじとなる秋生の背後から現れたのは・・・ツェリン。
 目覚めをつかさどる四聖獣の青龍だった。
「何ゆえお前がここにいる」
 ツェリンとはとことん相性が悪いらしいビンセントが地を這うような声で尋ねた。
「ミスター・工藤がいらっしゃるからに決まっているでしょう」
 そんなこともわからないのか・・と言外に含ませるツェリンにビンセントの眉間に皺が寄った。
「あ、あのね・・・ちょっとツェリンさんたちと遊びに行ってたんだ」
 さすがにビンセントの不機嫌を察したらしい秋生が告げるがそれが一層、ビンセントの機嫌を< 下降させたなんて夢にも思っていないだろう。
「・・・たち?
「うん、ツェリンさんとリンとツクツェルと・・・」
「秋生・・・」
 ごごごごごごご・・・と無表情でセシリアが秋生に迫る。
 普段が表情豊かなだけにかなり怖い。
「せ・・・セシリア?」
 何が悪いのかよくわからなかったが、とにかくセシリアを怒らせたことだけはわかった秋生は 触らぬ神にたたりなし・・・と曖昧な笑みを浮かべてあとずさる。
「偶にはミスター・工藤とご一緒させていただいても構わないでしょう。いつもはあなたたちばかり が独占しているんですから」
「独占とは何だ。ミスター・工藤は物では無いんだぞ」
「当然です、主を物扱いなど考えもつきませんわ。そちらこそ、ミスター・工藤を拘束しすぎなのでは ありませんの?」
「何を言うか、ミスター・工藤の安全は我らが責任とするところ・・・云々」
「でしたら我らとて・・・・云々」
 青龍同士の言い合いは留まるところを知らない。

いい加減にしてよっ!!
 この状態に秋生がキレた。

「あ・・秋生?」
「おいおい・・・」
「「ミスター・工藤」」

「もうっ!何が何だかわかんないけどね・・・いい加減にしてくれないと本当に家出するよ!!」

 やはり秋生=黄龍は最強だった。
 この一言で騒動はあっさり治まってしまった。






「でも元はと言えば秋生が元凶なんじゃないの・・・・」
「・・・・黄龍殿だからな」
 疲れたようにため息まじりに呟いたセシリアとヘンリーだった。