● 右ですか左ですか ●









 祥瓊と鈴は珍しく空いた二人の時間にせっかくだからとお茶会を開くことにした。
 最近は二人とも忙しく、なかなかこうして顔をあわせて話をすることも難しい。ここに陽子も加われば完璧なのだが、あちらは二人に輪をかけて忙しい。何しろいつの間にか金波宮を不在にしている王様なので。
 二人とも茶と菓子を楽しみながら近況を話し、自然と陽子に話題は移って行く。

「新しく配属された侍女の子が居るのだけど」
「どうしたの?」
 現在内小臣を努めている鈴は陽子と景麒の身の回り全般を一手に引き受けている。必然的に侍女の管理も範疇に入ってくるわけだ。
 陽子の傍に配属されるということは容姿も能力も優秀だということだ。
 何しろ管理の長である浩瀚は穏やかそうな外見に反して「無能は嫌いだ」を地でいく人だ。
 問題が発生するとは思えない。
「いい子なのよ……いい子なんだけど。ちょっと配属されたばかりで頑張りすぎたのよね」
 つい先日のこと、と鈴は話を続ける。
 溜まっていた書類を片付けるべく朝から机に張り付いていた陽子を労うために一息入れることになった。
 侍女にお茶を淹れてもらい、御菓子が並べられる。
 こういう時、いつからだったかもう忘れたが陽子は侍女たちも一緒に席に座るように言うのだ。
「一人で食べていても味気ないだろう?可愛い子たちに囲まれているほうが楽しい」
 王と同席するなんて畏れ多いと遠慮していた侍女たちも陽子の気安い雰囲気に今では嬉々として機会を狙っている。
 陽子言うところの『ぷちお茶会』なるものの当番になるための戦いは熾烈を極める。
 それは上司公認のもと休憩できるからというのもあるだろう。美味しい御菓子を食べら得るというのも。
 しかし一番は……。
藤花(とうか)、ここの仕事は慣れたか?」
「は、はいっ主上!まだまだ不慣れですが皆の助けていただいております」
 藤花というのが新人の侍女の名だ。
 彼女は陽子に話しかけられて緊張と喜びで頬を染めている。
 こうして陽子は侍女にも気軽に話しかける。他国がどうかはわからないが王からこうして直々に言葉を掛けられることなど相等な高官でもなければありえないことだ。
「そうか。藤花が頑張っていることは私もよくわかっている」
「身に余る光栄にございますっ!」
「しかし……」
 そっと陽子の手が伸びて藤花の頬に触れた。
「無理をしているのでは無いか?少し、目が赤い」
 気遣わしげな翡翠の瞳を間近で見ることになった藤花は目を見開いた。
「……っそっそそそっそのようなことはっ」
「いつも健やかに元気に笑ってくれる藤花を見るのが私の喜びだ。どうか私の為にも無理はしてくれるな」
「っは……はい~……」
 藤花は失神寸前だった。



「……ていうことがあってね」
「ああ、うん。あるわね、そういうこと」
 祥瓊が目を細める。恐ろしいことに珍しいことでは無い。
「陽子に他意はないのよ。わかっているわ」
「ええ、そうなのよね。それが余計に性質が悪いのだけれど」
 そのせいで問題が起こる。
「陽子の親衛隊がまた一人増えたってこと?」
「……そうね。残念なことに」
 景王至上主義を標榜する親衛隊が侍女を中心にこの金波宮には存在している。親衛隊には下は下働きの者から上はかなりの高官まで揃っている。密かに他国の王や麒麟も居るとか居ないとか。その影響力は静かに深く各所に及んでいる。
「そういえばうちの御史が求婚したら『今は主上のことしか考えられないからごめんなさい』てふられたらしいわ」
「陽子……」
「陽子に罪は無いのよ……あるけど」
 鎮痛な面持ちで二人は顔を見合わせる。
「何なの、陽子は何を目指してるの。後宮を作りたいの!?それならそうと言ってくれないと準備が大変でしょう!」
「落ち着いて、鈴。陽子にそんな気は無いでしょう。陽子にはその、延王君がいらっしゃるわけだから」
「本当に?」
「……。……」
「あの方なら陽子が後宮作っても面白がるだけな気がするわ」
 否定できない。
 祥瓊と鈴は茶杯を傾け、気分を落ち着ける。
「仕方ないわね。男に陽子より甲斐性があればいい話よ」
「そうそう。結局はそこだから」
 何のかの言っても二人が陽子贔屓であることは変わり無い。
 だいたい結論はそこに落ち着くのだった。

















陽子の立ち居地が×の右側なのか左側なのか・・・
うちの陽子はどっちでもいける気がする今日このごろです。