● 女王陛下の秘密 ●










 人の気配は無く、命の気配も無い。
 ここは『無』の場所。
 世界の始まりにして、終わり。








「ふう……」
 無機質で静謐な空間では、落された小さな溜息すら大きく響く。
 玉座に座り、頬杖をついて誰も居ない空間を見渡す。
 ここには誰も居ない。
 誰も。


「こちらにお戻りとは珍しい」


 居た。
「真君」
 コツコツと足音を立てて歩みよってくる。
 いつも頭から被っている外套を下ろして、何を考えているのかよくわからない微笑を浮かべて。
「陛下におかれましてはご機嫌うるわしく」
「そういうの、良いから」
 しっしっと手を振れば、肩をすくめて立ち上がる。
 陽子も玉座から立ち上がり、歩き出した。
 真君……更夜もそれに続いた。足音を立てずに。
「真君は最近、何か面白いことがあったか?」
「面白いこと、ですか?」
 問いかけに更夜は首を傾げ、考え出す。
「面白いこと、とはどのようなことを指すのか。―― 妖魔が大量発生しそうだ、ということも入るでしょうか?」
「っそれは面白いことではなくっ大変なことと言うのだ!」
「ふふ」
 驚いて振り返った陽子に更夜が笑う。笑っている場合ではない。
 もちろん更夜もそれはわかっているのだろう。本当に緊急事態ならばここで陽子を待っていないはずだ。……たぶん。
「それがわかっているから陛下が戻られたのかと」
「何かがはっきりとわかっていた訳ではないが……何となく。しかし、妖魔が大量発生?そんなことあり得るのか?」
 この世界は何かが突然大量発生するような仕組みになっていない。
(システムの故障か?……そんなポンコツ)
 陽子は首を振る。故障したらからと言って「では直そうか」なんて気軽に言えるような能力は有していない。
「しそうだ、ということで。まだ発生はしておりません」
「ん?」
「ご安心を」
「いや、何をどう安心すれば良いんだ……ともかく、メインルームに行って螺架(らか)と話してくる」
「御意」
 陽子の立ち去る姿に更夜は深々と頭を下げた。








「ふぅ……」
 静かではあるが、人が活動する気配がある。
 金波宮に戻ってきた陽子はほっと息を吐いた。
 そして、陽子が戻ってきたことを狙っていたように静かに房室に近づいてくる気配がある。

「主上……いらっしゃいますか」

 いらっしゃるも何も。陽子は苦笑を浮かべる。
 麒麟である景麒が陽子の気配がわからない訳もない。
「ああ、何だ?」
 景麒が扉を開いて入ってくる。
 いい加減付き合いも長くなって、仏頂面の景麒の表情も何となく感じ取れるようになってきた。
 今の景麒の表情からすると、戸惑い、そして僅かな恐怖?
「いえ、主上の気配が……」
「ああ。蓬山に行っていたせいかな?」
 もちろん嘘だ。そんなことで王気がわからなくなってしまえば麒麟はどうやって王を探すのだ。
 だが景麒に詳しく説明することはできない。ならば陽子にできるのはしらを切り通すことだけ。
「何故、主上が蓬山へ」
 眉間に皺を寄せ、苦言を呈する一歩手前。仕事を放って何をふらふらしているのかと言い出しそうだ。
 景麒の小言には慣れているとはいえ、甘んじて受けるようなマゾではない。
「玄君と話があったんだ」
「……それは、そう、ですか」
 どうも景麒は玄君を苦手としている。いや、苦手というよりは……まるで母親にいい恰好したい息子のよう、な。
 そこまで考えて陽子はぷっと吹き出した。
「主上?」
「いや……っな、何でもない」
 玄君も大変だ。
 いつまで経っても世話のやける息子や娘たちが居て。
「大した話じゃない。新作のお菓子ができたからお裾分けにし行っただけだ」
 姑とは仲良くしなければいけない。
「はあ……」
 まだ何か言いたそうな顔をしていた景麒だが、陽子は相手にしなかった。
「何だ、景麒も食べたかったか?心配するな、おやつに出して貰うように言っているから」
「……それは有難うございます。しかし、食べられるものですか?」
「お前もいい加減失礼だな。食べられないものを私が玄君に持っていくとでも?」
「主上は、非常識でいらっしゃるので」
「お前、本当に失礼」
 今度から景麒に与えるものはロシアンルーレット方式にしてやると陽子は心に決めた。
「主上」
「あ?」
 まだ何かあるのかと少しばかり不機嫌に見やれば、景麒が深々と頭を下げた。



「健やかなるご還御、御礼申し上げます」



 バカ。
 陽子は心の中で罵った。















『天意 真に非ず』の設定を踏まえています。