● 女王陛下の御出座し ●










「陽子様……陽子様……」
 耳元を擽るように優しい囁きが目覚めを促している。
「陽子様……起きて、陽子様……」
 目を覚まさない相手に困惑の色が乗ってくる。
 くすり、と女王陛下の口元から微笑が毀れた。
「あっ!起きてらっしゃるのねーっ!!」
 もうっ!と衾褥を叩く小さな手をとり、陽子は目を開けた。
 翡翠の瞳が愛しくて堪らないとばかりに、陽子を起こしていた幼女に向けられた。
「おはよう、小雫(しゃおれい)」
 怒っていたはずの幼女……小雫はその眼差しに照れたように、顔を赤くして小さく挨拶した。





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 小雫に起こされ共に朝餉をとった後、陽子は小雫の小さな体を抱いて金波宮を歩いていた。
 向かっているのは禁門だ。
「今日は陽子様とお出かけするの!」
 時間がとれると昨日告げた陽子に小雫は輝く笑顔でそうねだった。
 もちろん陽子に否やは無い。
「それでは堯天にでも行ってみるか」
「はい!」
 仲睦まじい様子の二人をすれ違う人々が笑顔で見送る。
「最近流行りの甘味があるらしい」
「甘いもの!?食べたいですっ!」
「そうだな、一緒に食べようか?」
「はいっ!陽子様と一緒が良い!」
 抱きつく手に力をこめる……と言ってもその力は陽子からすれば、そよ風の如くだ。
「咲莓(しょうまい)と鈴にもお土産を買って帰りたいです」
「そうだな。今日は二人とも留守番だから、小雫からお土産を貰えれば喜ぶだろう」
「はいっ」
 禁門を守る兵士は二人の姿を見ても頭を下げるだけで、あらかじめ言ってあるので特に止める様子は無い。
 女王がお忍びで下界に下りるのは日常茶飯事過ぎて驚く者も居ないのだ。
 剣の腕も護衛が護衛されかねないほど達人級となれば、護衛をつけるのさえ馬鹿らしい。
 それでも体裁が、と未だに小言を言うのは小姑と化している景麒ぐらいだ。
 好奇心に輝いている小雫の紫の瞳を陽子は優しく見つめる。
「陽子様?」
「さて、何処から見てまわろうかな」
 その言葉に小雫の頭があちらこちらと揺れ動く。そんなに揺らして目が回らないのか心配になるほど。
「陽子様!あちらが見たいですっ」
 小雫が指差したのは、小間物を取り扱ってる店だった。
 幼くとも女の子らしく、綺麗なものが好きらしい。
 小雫を抱き上げたまま陽子はその店をのぞく。
「あの髪飾り!」
 指差したのは牡丹の花を模った金細工で真珠が雫のように散らばっている。
「綺麗で可愛いです」
 安くは無い品物だろうが、普通に手に取れる場所に置いている。
 それだけこの堯天の治安が良いということで、些細なことであるが陽子は嬉しくなる。
「欲しいのか?」
「いいえ、私では無くて……咲莓に似合いそうです」
 確かに繊細な造りが似合いそうだった。
「ではお土産にしよう。小雫には……これなんかどうだ?」
 銀細工で作った櫛には小雫と同じ紫の石が飾られている。
 それを小雫の髪に挿してやる。
「ああ、可愛いよ」
 ぽっと頬を染めた小雫が可愛らしくはにかんだ。
「ありがとう、ございます、陽子様」
 その後、鈴にも買おうということで小ぶりな、仕事の時にもつけていられるような耳飾を選んだ。
 店主に包装してもらい、大切に胸に抱いた小雫は満足そうだ。
 そんな二人が次に向かうのはご要望の甘味処である。




 そんな二人の後をこっそり(のつもり)とついて歩く人影が二つ。
「何で俺まで……」
「運が悪かったな」
 たまたま桓魋が護衛として浩瀚に命じられたところに居合わせたのが運の尽き。
 幾ら治安が良いとは言え、王を一人で出歩かせることを許容する家臣は居ない。
 陽子本人に直接言えば鬱陶しがられるのはわかっているので、こうしてこっそりと護衛をつける。
 ……あっさり撒かれてしまうことも多いが今日は小雫をつれて居るのでいつもより行動範囲が狭い。
「俺も出来ればあっちが良かったです……」
「小雫が許さないだろ」
「……糞餓鬼が……」
 悪態をついた劉來と小雫は犬猿の仲だ。互いに陽子の寵を競っている。
「あっちは糞爺と思っているだろうよ」
「失礼な。仙は年をとりません」
 眉間に皺を寄せ、劉來は前方を睨み付けた。




 目的の甘味処に到着した二人は、早速注文して目の前のそれを楽しんでいた。
 半熟の生地に色々な味の蜜がお好みで掛けられている。
 陽子は酸味のある杏に黒蜜、小雫は苺と蜂蜜をかけている。
「美味しいっ!」
 口いっぱいに頬張る小雫は小動物のようだ。もぐもぐと一生懸命に口を動かすのについ微笑が浮かぶ。
「ん?」
「これも味見してみるか?」
 自分のものを杓子で掬って小雫の口元に運ぶ。
 反射のようにぱかっと開かれた小さな口に放り込むと、これまたもぐもぐと口が動く。
 堪らず陽子は笑い出した。
「……っ陽子様っ!」
「可愛いよ、小雫」
「……っ!誤魔化さないで下さいっ!」
「誤魔化してなどいないさ。私は本当に小雫を可愛いと思っているのだから」
 はっと周囲が見ほれるような微笑に、小雫の顔は沸騰寸前のように赤く色づいた。





「うん、諦めろ。可愛さという点でお前に勝ち目は無いぞ」
「……うっせーよっ!」
 桓魋に肩を叩かれた劉來は、その手を払ってついに踵を返した。















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え、小雫って誰・・・?誰なんでしょうねえ・・・・