● 撫子 ●







 奏国の王宮清漢宮に慶国より贈り物が届いた。

「おや珍しい」
 それが明嬉のみに宛てられていたというのが珍しい。
 景王である陽子は奏国の櫨一家を大事に思ってくれていて贈り物がある時には皆に何かを贈ってくれる。これが文姫宛てというのならまだわかるが明嬉宛てなのだ。
 更にそれを届けたのは櫨一家の問題児、利広である。
 いつものようにふらりと立ち寄った堯天で陽子と出会い、託されたらしい。
 寄り道せず傾けず揺らさず速やかに届けること、と厳命されて。
「凄いわ、陽子」
 文姫が感心して目を輝かせる。
「兄様にそれをちゃんと守らせるなんて」
 そう、そこが凄いのだ。是非ともその技を伝授して欲しいと文姫は心から願う。
「私だって、頼まれ物を持ったままふらふらはしないよ」
 心外だなと呟く利広に誰一人として同意しない。それをするには前科がありすぎる。
「それより母様。開けて見せて」
 文姫の身長の半分ほどの高さの箱は厳重に包装されている。
 外からでは何かが全くわからない。
「私も早く見たいな」
「はいはい、せっかちな子たちだねえ」
 小刀で明嬉は梱包を丁寧に解いていく。
 そして現われた贈り物に一同は目を丸くした。
「まあ……」
 そこにあったのは陽子の髪を彷彿とさせる鮮やかな赤色……撫子の花が美しく咲き誇っていた。
「はい。これ陽子からの手紙」
「そういうものがあるなら早くお渡し」
 全く役に立たない子だねという目で見られながら利広は手紙を手渡した。
 そして明嬉はそこに書かれている陽子の言葉、気持ちに顔を綻ばせ慈しむような微笑みを浮かべた。
「母様。陽子は何て?」
「蓬莱の陽子様の国では母の日というのがあって、この撫子の花を贈るそうだよ」
「へえそうなの。でも何で母様に?」
「陽子様のお気持ちだよ。本当にあの方は……」
 意外にも仙には”母”となった者は少ない。結婚すると出世が遠のくと男女ともに結婚を忌避するからだ。下級官吏ならばまだしも陽子の傍に在るような高官は特に顕著だろう。
 母には母になった者にしかわからない感覚がある。
 陽子がそれを最も感じることが出来るのが明嬉なのだ。

 貴方の存在に心からの感謝を。
 ありがとうございます。

 柄にもなく涙が出そうになった明嬉は撫子の花を眺めて微笑んだ。
「陽子様は実の子たちより私のことを労って下さるよ」
「母さん。私と陽子が結婚したら名実ともに親子になれるよ」
 利広が余計なことを言う。
「本当に馬鹿な子だね、名はあっても実は無いだろうに。それに陽子様にこんな駄目男を婿にさせる気は無いよ」
「酷いなあ……」
「兄様は婿にするぐらいなら私が陽子の嫁になるわ!」
 そんな兄妹二人の姿を明嬉は残念そうに見ながら溜息をついた。






 その後、『父の日』は無いのかねと寂しそうに尋ねる宗王の姿があったとか……。