● 女王陛下の寵愛 ●







 慶東国赤楽の王朝は悠久の時を重ねていた。

 女王の評価は登極当初の低さなど、今となっては笑い話どころか昔話と成り果てている。
 最早傾国することさえ想像できず、畏れ多い。日出る国慶国。日沈まぬ国慶国。
 景王赤子は民にとってただの王では無い。唯一無二の存在……景王赤子なくして慶国なし。
 慈しみ深く、勇猛にして、鮮麗たる我らの真なる王。

 さてそんな女王の傍に控える女性たちは多い。
 女王だから、というのもあるがそれ以上に金波宮での傍仕えを望む女たちは多い。
 金波宮に勤めることはもちろんのこと、女王の近くに侍ることはステータスである。立場的にも気分的にも。
 そう、彼女たちは狭き門を実力で潜り抜けた有能な官吏なのだ。  それをよく覚えておいてもらいたい。

 王の食事を準備する配膳の部屋は緊張に包まれていた。
「……当番がお休みですから次の私がお持ち致しますわ」
 本日の当番である佐治(さじ)が内宮の急な仕事で休みとなったのだ。
「琴響(きんきょう)。少々お待ちになって。今日貴方が行くというのなら当然明日は次に廻るのですわよね?明日も、などとは言い出されませんわよね?」
「琵響(はきょう)。それはいけません。機会は平等でなくては。ここは平等に籤引きで宜しいのは?すぐに準備いたしますわ」
 三人の美女たちが笑顔で笑いながら、火花を散らしていた。
 陽子の傍に入れ替えの茶杯や食事を持っていくというのは、最も陽子と近づくと言ってもいい仕事である。優しい陽子は女官たちに声を掛けることも多く、競争率が高いのだ。
「菫麗(きんれい)。準備ってどのような準備なのかしら?」
 問われて微笑んだ菫麗は袂から棒を3つ取り出した。
「この一つに目印をしておいて、引くというのは如何かしら?」
 今、印をつけるというのなら不正は無いだろう。三人は視線をかわし、損得を素早く勘定し、頷いた。
「構わないわ」
「私も」
 二人の同意を無事に得られ、菫麗は微笑む。
 ……その腹の裡にどのようなものがあったか一切伺えさせない笑みだった。








「失礼致します。お食事をお持ち致しました」
「どうぞ」
 外から掛けられた声に入室の許可が返る。
 陽子自身が返事をしたということは他人が居ないということだ。
 よしっと拳を心の中で握る。
「わざわざすまないな」
「とんでもございません」
 脇の卓に盆を置き、菫麗は深々と拱手した。
「あれ?今日は佐治が当番では無かった?」
「急な仕事で私が代わりに」
「そうか、面倒をかけたね」
「面倒などと仰られないで下さいませ。主上のお傍に侍ることは私どもにとって至上の喜びでございます」
 その菫麗の言葉には一点の嘘偽りも無い。本当にそう思っている。
 むしろ、陽子の傍近くに使える女官でそう思わない者など居ない。
 女官の当番の順序という些事でさえ心に留め置いてくれている陽子だからこそ、心より彼女たちは仕えている。
 禁軍の精鋭でさえ彼女たちは敵にまわしたくないと心底思っているほどだ。
「菫麗はちょっと大げさだな」
「私などまだまだ甘うございますわ」
 何と比べてまだ甘いのかはよくわからない。
「主上。そろそろお手を止めていただいて、お休みして下さいませ」
「ん、そうだな。お茶を煎れるから菫麗も時間があれば飲んでおいで」
「有り難く、頂戴致します」
 そう。お茶を煎れることが趣味の一つとなっている陽子はこうして女官をよくお茶に誘う。
 一人で飲んでも美味しくないだろう?それならいつもお世話になっている彼女たちへのお礼だよ。と陽子は苦い顔の景麒に告げていた。
 王の世話をするのは女官の仕事である。陽子に礼を言われるようなことでは無い。だが、言われて嬉しく思わない者も無い。
 いつまでも変わらない王の心遣いに、女たちは心酔し、どこまでもついていこうと決意するのだ。
「主上はお茶を煎れられるのが本当にお上手ですわ。これほどの腕前を披露いただいては私など畏れ多くてお茶をお煎れできません」
「これは私の息抜きだからね。取り上げないでくれると嬉しい」
 ちょっと必死なその陽子の様子に笑いが零れる。




 嗚呼、我らが慶真帝。
 万古不易の慶の王たらん。