仮想戯話

Ver.慶国(景麒尚隆)








 魔王景麒尚隆が陽子を王に迎えるにあたり、敵になりそうなのは浩瀚だけだった。

 清廉でありながらも時に濁も飲み込む。浩瀚はそういう男だった。
「浩瀚。俺は陽子を俺の最後の王とする。否と言うならば俺を殺して新たな麒麟を望め」
 その景麒の言葉に浩瀚は顔色を変えることなく、笑みを浮かべていた。
「台輔が選ばれる方こそが我らが王でございます」
「俺は陽子がどのような治世を敷こうがそれを是とし、邪魔する者は排除する」
 それでも構わないのか、と。
「それが天意ならば従うまで」
 天意を無くせば麒麟は病んで、王は死ぬ。ただそれだけのこと。
 王とはそういうものだ。

 そう浩瀚も景麒尚隆も思っていたのだが。

「景麒、私はそんなこと望んでいない」
 陽子は景麒から視線を逸らすことなく真っ直ぐに見つめて冷静に言葉を綴る。
 その手にある水禺刀は反逆者を一刀両断しようとした景麒の剣を止めていた。
「陽子の邪魔をする羽虫は排除する。それが俺の仕事だ」
 それほどの高い志があろうと、どんな高官だろうと陽子の逆らった時点でただの羽虫に成り下がるのだ。
「違う。……それは違う、景麒」
「尚隆、と」
「景麒」
「尚隆と」
「景麒、それは景麒の仕事では無い」
 出会った時はまだ十と少ししか生きていない少女だった。
 頼りなくて、何かを恐れて、視線を彷徨わせる稚い少女だった。
 いつの間にこんなに凛とした美しさを撒き散らして、周囲を圧倒するようになったのか。
 いや、わかっている。陽子をずっと見つめ続けていた尚隆は知っている。
 それこそが陽子の本質なのだ、と。ただ隠れていたに過ぎないのだ。
 だから。
 これほどに惹かれ、愛おしいのだ。
 陽子に見据えられた景麒尚隆の眼差しはとろりと水飴のように甘い熱情を湛える。
「それは、私の仕事だ。王である私の仕事だ。景麒の仕事じゃない」
 王である陽子に反しようとするならばそれを罰するのは陽子しか居ない。半身である景麒であろうとその役目を譲るつもりは無い。
「だから。……尚隆、手を、出すな」
 陽子の言葉に景麒尚隆は目を細め、恭しく陽子の手をとり口づける。
「全ては主上(陽子)の仰せのままに」
 陽子は王であり、景麒という獣を抑える猛獣使いだった。


「主上。私は主上という王を戴けたことを心より感謝し、嬉しく思っております」
「……どうした浩瀚。まるで景麒みたいなことを言う」
 少し気味悪そうにそう言われて浩瀚は苦笑を浮かべた。
「それこそ恐れ多い。台輔には敵いません」
「……まあ、あれは特別だから。あらゆる意味で。浩瀚まであんな風になったら困る」
 麒麟の突然変異。そうとしか言えないものが景麒である。
 目的のためならば手段を選ばず、剣をとり、血を流す。病むどころか嬉々としてそれを行う。
「いえいえ、台輔を変えたのは主上です」
「は?」
 浩瀚の言葉に陽子は眉を寄せる。
「主上あってこその台輔。どうぞ末永く台輔とともにあられますよう」
「……素直に頷けない」
 不本意だと言いつつも、きっと陽子は景麒の手を離さないのだ。
 比翼連理。
 どこまでも共に。そしてまた落ちる時もまた共に。
「浩瀚、あの者の処分は秋官に任せる。景麒は私が止めておく」
「御意」
 咎人を裁くことは誰でもできるが景麒を止めることは陽子にしか出来ないのだから。


















久しぶりの景麒尚隆でした。相変わらず病んでる(笑)