仮想戯話

Ver.慶国(景麒尚隆)








 蝕によって蓬莱に流され、そして常世に戻って来た景麒尚隆は蓬山で悠々自適という名の暇をもてあましていた。
 常世にてすっかり成人してしまった景麒は外見だけならすっかり大人の男に成長し、可愛げの欠片も無くなっていた。やっと景麒のお世話ができると密かに心躍らせていた女仙の中には気落ちした者も多かったことだろう。今の景麒のお世話などしてしまうと麒麟と思えぬ男っぷりによりお世話というか房事の気配さえしてしまう。さすがの玄君も首を振るしかなかった。

「俺の王とやらはいったい何時になったら昇山するんだ?」
「王の気配は感じますかえ?」
「……まあ、何となくだが」
「では、気長にお待ちするしかありませぬなあ」
 はあと景麒は溜息をついた。
「……暇だ。黄海に行ってくる」
「くれぐれも用心を」
 暇を持て余した景麒の日課は黄海で己の使令となる妖魔を捕まえることだった。
 あまり危ない真似はと普通の麒麟であれば苦言を呈することだが、動かなければ力を持て余すと言われては無理に止める訳にもいかない。この麒麟ときたら蓬莱で育った影響なのか血には強いし、平気で剣をふりまわす。一度蓬廬宮近くに妖魔が迷い込んだ時など慌てる女仙たちを他所に景麒が一刀両断だ。もう呆れる以外にない。規格外すぎるだろう。
 女仙たちは怪我が無いようにと見送るしかできなかった。


 鉤吾という妖魔を共にして景麒尚隆は黄海を歩いていた。
 山の峰に沿って下へ外へ向かっていく。蓬山の周りは麒麟が住まうところなせいかあまり強い妖魔は居ない。
 できれば強い妖魔がいい。そのほうが暇つぶしになるから。
 しかしなかなか強そうな妖魔が見つからない。
「このあたりで少し休むか。驃騎も好きにするといい。用があれば呼ぶ」
 丁度良く小川が流れ込む湖がある。
『わかりました』
 遁甲していた使令が顔を出し、姿を消した。
「ここは……わからん場所だな」
 成獣するまで理の違いすぎる蓬莱で育った景麒にこの場所は生きにくい。
 湖を覗き込めば、姿形は己の見知ったものと何も変わっていない。だが己は違うものとなり、主を待つ者となった。
 あちらでは己こそが皆を従える者だったというのに。
 そんな自分が『王』など選べるのか?
 己が従うに足りると認めた者ではなく、よくわからない天命とやらによって選ぶ王など。
「ん……?」
 風も無いのに水面が揺れる。
 景麒の顔が崩れ、水面の揺れが収まるとそこにあったのは見知らぬ少女の顔だった。
「……っ」
 人の気配には敏いはずの自分が近づいていた人に気づかなかったのかと周囲を見るが、水面に移る少女は居ない。
 だが相変わらず水面には少女が映っていた。
「……どういうこと、だ?」
 じっとその少女を見つめる。その少女は景麒をして気おされそうな強い視線で睨んでいる。
 口元が動いている。しかしその音は聞こえず何を言っているのかわからない。
 少女は開いた目を閉じ、再び何か言うと身を翻す。その手にあるのは少女には似つかわしくない……いや、あの目の強さを持つのならば相応しい剣があった。

 どくり、と景麒尚隆の胸が脈打つ。

――― 嗚呼。() ()、だ。
 
 もっとその姿を目に焼きつけようと身を乗り出して水面を覗き込んだ。
 すると再び水面が揺れた。
「……っ待て!」
 強い請う響きの叫びは届かない。








 バッシャーンッ!!!









 その日、全身びしょ濡れで使令に咥えられて戻って来た景麒に女仙たちは悲鳴をあげた。













運命の出会い。
景麒尚隆は諦めない。
粘着な闇尚隆。
そして濡れ鼠。