仮想戯話

Ver.慶国(尚隆)







 慶国の朝は女王と麒麟の攻防から始まる。

「だから私は朝服で構わないと言っている」
「今日は寒い。朝服では体を壊す」
「……私は仙だから早々体調を崩すことは無いはずだが?」
「自分のものを飾るのも男の甲斐性だ」
「いつ誰が誰のものになったと?」
「陽子は出会った瞬間から俺のものだ」
「……」
「……」
 陽子は渋い顔で、景麒は笑顔で見つめあう。
 そして用意をしようと控えていた女官たちは漂う空気に居た堪れずおろおろしている。
「景麒」
「尚隆と」
 字で呼べと強請る景麒に陽子は大きな溜息を漏らした。
「尚隆。毎朝毎朝飽きないか?」
「全く。新しい朝を迎えるたびに新しい王を知り歓喜せずにはいられない。我が王と迎える朝は何にも変えがたい」
 景麒尚隆の台詞に女官たちが顔を赤くする。
「そういう誤解を生むような発言はやめろ」
「誤解?俺が陽子のことを誰よりも大切に思っているのは全てが知るところだ」
 慈しむように陽子を見つめる。いつでもどこでも尚隆は陽子への思いを隠さないので金波宮では確かに『全て』が知るところとなりつつある。良いのか、悪いのか……
 この不毛な遣り取りは毎朝行われている。戦績は、とりあえず陽子が多少勝ち越している。
 ごてごて着飾られるのは御免だ。
「延王が来ると言っていたが?」
「は?そんなこと聞いていない」
「今伝えた」
 にこやかな景麒に殴りかかりたくなるのをぐっと我慢する。
 さすがに麒麟に手を上げては駄目だろう……いや尚隆なら構わないか。
 純粋な武力なら規格外な麒麟である景麒のほうが陽子より上だ。
 延王が来るという知らせはきっと尚隆が止めていたのだろう。
 狭量極まりないこの麒麟は陽子が他の男と仲良くすることを非常に嫌う。他国の王とて遠慮しない。
 いや延王だからこそいっそう不機嫌なのかもしれない。
 陽子が延王に対して特に特別な思いなど抱いていないとわかっていながら、である。
 本当にどうしようもなく面倒臭い麒麟なのだ。
「延王が来られるというのなら仕方ない」
「俺のためには飾ってくれないのに面白くないな」
「尚隆を面白がらせるために我慢してるわけじゃない」
「主上の麗しい姿が見られるということで我慢しよう」
 尚隆がまた朝餉でと残し、女官たちに指示を出して堂室を出て行った。
  

                                                                           尚隆が廊下を歩いていると、拱手した浩瀚が立っていた。
「どうかしたか?」
「先日お話にあった朱民の件ですが」
「見つかったのか?」
 景麒の表情は動かない。さして重要なことでも無いらしい。
 己が王に関わった人物であるとして探させていたくせに。
「……何者かに、いえ何物かに噛み殺された遺体が見つかりました」
「ほう」
 景麒は目を細める。
「それは……残念だ」
 景麒の顔に薄く笑みが浮かぶ。
「不幸な事故だな」
「本当にそうならば宜しいのですが」
「哀れなことだ」
 憐れみの欠片も篭らない表情で呟いた景麒は黒衣を翻して歩いていく。
 その足元が血に彩られたように見えたのは幻だろうか。




                               











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ヤンデレを書きたくなって尚隆を麒麟にしてしまった!!
『仮想戯話―狂恋ー』のこぼれ話でした。