塙麒と陽子と延麒と







「あれ………何だ?」


 延麒は呆然と呟いた。
「何を、と申されましても。陽子様と蓬山公でいらっしゃいましょう」
 お茶を運んでいた女仙がそんな延麒に『何を当然のことを』と通り過ぎていく。

いやいやいや!

 延麒は心の中で叫んだ。
 女仙が陽子のことを『陽子様』と親しげに呼ぶのは今更のことながら、延麒が驚いたのは塙麒の見たことも無い態度のせいだ。女仙以外の相手と顔を合わせることさえ厭っていたあの塙麒が、陽子に対してはまるで飼い主が主人にじゃれつくように喜んで尻尾を振っている…ようにしか見えない。
(懐き過ぎだろっ!?)
 確かに塙麒に陽子を紹介したのは延麒だ。
 しかしここまで塙麒が陽子にべったりになるとは、まさに予想外も良いところ。
 塙麒は陽子の隣に座って、何やら必死に話しかけている。それに陽子は笑顔を浮かべて頷いている。姉と弟、というよりは…やはり主人と犬。
 その周囲を女仙たちが華やかに囲んでいる。
(ここはどこの後宮だ…?)
 凡そ雁国では見られぬ華やかな光景に眩暈が延麒を襲った。

「六太君」

 誰もが延麒の存在をまるで目に入らないと無視する中、陽子だけが気づいて手を振ってくれた。
 幾ら今は蓬山を去ったとはいえ、麒麟に対してあまりに粗雑な扱いでは無かろうか。まぁ、お世辞に大人しい麒麟とは言いがたく失踪したり、色々と仕出かしはしたが。
「おーう」
 自然と応える声も低くなる。
「延台輔」
 陽子しか目に入っていなかった幼い塙麒も椅子から下りて拱手する。
「こんにちは、延台輔」
「おう。元気そうで何より」
 挨拶しながら、そっともはや意図的に塙麒とは反対側の陽子の隣に延麒は腰を下ろした。
「今日はどうなさったんですか?」
(どうかしないと来ちゃいけないのかよ)
 そう言い掛けながら、相手は尚隆では無く塙麒だと口にストップをかける。あの図太い神経の持ち主とは違い、塙麒は繊細なのだ。
「別にどうって訳でも無いけどな。…陽子は?」
「私は菓子を作ったのでそのお届けに。良かったら六太君も一緒に食べないか?」
「食べる」
 女仙たちも心得ていて延麒の分のお茶も用意して、陽子が持参した菓子と共に運んでくる。
「育ちすぎてしまった茶葉を使って茶饅頭を作ってみたんだ。外の皮にも練りこんであるし、中の餡にも入れてみた。皆には美味しいとお墨付きも貰ったから安心して食べてくれ」
「はい。ありがとうございます陽子様。いただきます」
「ああ」
 眩しいほどのきらきらした笑顔を浮かべて塙麒は嬉しそうに饅頭に楊枝を入れている。
「六太君?」
「え、ああ、うん。いただきます」
 塙麒の様子をついつい眺めてしまっていた延麒は陽子の呼びかけに我に返って自分も饅頭に被りついた。こちらは楊枝なんて使わず手づかみだ。そんな上品には出来ていない。
「うまいっ」
 一口食べて延麒は叫んだ。
「そうか、良かった」
「陽子が菓子作りが趣味だなんて知らなかったな」
「そう?」
「うん」
 少し考えた陽子は、ぽんと手を打った。
「きっと、延王がお酒を嗜まれるから甘いものはあまり召し上がらないんだろうなと思って持っていくことが無かったせいかな」
「くそっ尚隆のせいか」
 疫病神め、と呟く延麒に苦笑した陽子はまぁまぁと宥めて、
「今度からは六太君のために玄英宮に持っていくよ」
「ほんとか?」
「約束する」
「楽しみにしてる!」
「…そこまで期待されると困るな。私もそこまで得意というわけでは無いから」
「こんだけうまけりゃ大丈夫!な!」
 同意を求められた塙麒が大きく首を縦に振る。
「はい。この茶饅頭もとても美味しゅうございます」
「青蕾にも喜んでもらえて良かった」
「・・・・『青蕾』・・・?」
 耳慣れない言葉に延麒が単語を繰り返した。
「あ、私が王が見つかるまではと塙麒につけた字なんだが・・・駄目だったかな?」
「・・・・・・」
 駄目も何もそれは普通、己が選んだ王につけて貰うべきものだろう。陽子に与えられてどうする。いや、いっそのこと自分の字も陽子につけて貰いたい、と延麒は切望した。
「別に、構わないんじゃないか」
 というわけで、延麒も流した。
「そうか、良かった。でも王が見つかるまでの仮のものだから、王が見つかったらもっと立派なものをつけて貰って欲しい」
 途端、塙麒の顔が憂いを帯びた。
「はい。・・・でもそうすると陽子様とはこうしてお会いすることも適わなくなるのですね」
 それならいっそこのままでいい、という言外の塙麒の言葉が延麒は聞こえた気がした。
「そうでも無いだろう。ほら、こうして六太君とも会ってるだろう?隣の国同士なんだし・・・仲良くしてくれると嬉しい」
「はい!!ずっとずっとずっと陽子様と仲良くさせていただきますっ!!」
 無邪気な言葉に陽子は目を細め、優しく塙麒の頭を撫でた。


「・・・・・・・。・・・・・・・」
 あまりにあまりな様に延麒は言葉が無い。
「ほほほ、元はと申せば延台輔のお引き合わせ」
「!?」
 背後からの声に、飛び跳ねて振り向けば・・・曲者な玄君が立っていた。
「今さら引き離そうとは、あまりに哀れでならぬしのぅ」
「・・・・・・。・・・・・」
 二人に聞こえないようにそっと呟かれる。
 延麒は、がくりと首を落とした。








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