● 女王陛下の悪戯 ●










 なんだかいい匂いがするなあ……夢うつつに劉來はそんなことを思っていた。
 夏官府で書類の整理をしていてそのまま寝てしまったのだ。連日の徹夜にさすがの仙の体にも限界が来たらしい。
 もう少し寝させてくれ……徐々に明るくなる気配に無意識にそう思った劉來は寝返りを打つ。

 くすくす。

「……っ」
 先ほどまで無かったはずの人の気配に劉來は飛び起きた。
 これはもう習性だろう。
「おはよう、劉來」
「な……よ、主上!」
 陽子、と呼びかけて慌てて修正する。
「二人しか居ないのだから、別に名前でも構わないぞ?」
「……何故ここに?」
 こんな朝早くから王が出入りするような場所では無い。
 しかも寸前まで気配を殺していたのだ。性質の悪いことに。
 桓魋あたりに知られれば修行が足りないと言われるところだ。
「街から戻ってきたから劉來にお土産を渡そうと思ってたんだが、見つからなかったので探したんだ」
 そうしたら寝ている劉來を見つけた、と。
「別に今で無くても……」
「私の土産を喜んでくれないのか?」
「そ……それはっ嬉しいけどな!わざわざ寝てるときに持ってこなくても、後で会おうと思えば会えるだろ」
「すぐに、私が劉來に渡したかったんだ」
 劉來は絶句して陽子を見つめた。
 机の向こうで陽子が微笑んでいる。薄暗い部屋の中でまだ夢を見ているのだろうか……。
 そうだな。夢だな。俺の願望が見せた夢だろう……。
「劉來?」
 それなのに耳慣れた陽子が呼ぶ声が耳に触れていく。
「可愛い、劉來」
「かわ……っ」
 もう可愛いなどと言われる年齢は遥か昔に過ぎ去った。
 今の劉來は夏官府でもかなりの高官で、誰も子供扱いなどしない。……ごく一部を除いては。
「私は誰にも邪魔されずに、劉來の喜ぶ顔が見たいんだ」
「~~~っわかっわかったから!」
 それ以上劉來を翻弄してどうするのだ。
 本当に性質が悪い。
「それじゃ、目を閉じて」
「ななな何でっ」
「いいから。勅命だ」
 そんなことに勅命なんか使う必要ないだろう。
 仕方なく目を閉じた劉來は陽子の気配が至近距離に近づくのを空気の動きで感じる。
 そして匂い……ああ、いい匂いと思ったのは陽子の匂いだったのか。
 視覚が無いぶん、耳や鼻のほうが敏感になる。
 ふと、口に何か温かいものが触れた。

「目を開けていいぞ」

 目を開けたその目の前に、翡翠の瞳があった。
「……」
 呼吸どころか、心臓が止まった。
「誕生日おめでとう、劉來」
「……」
 礼を言うことすら忘れて劉來は、その祝いの言葉を口にした唇から視線がはずせない。
 今のは。今の温かい感触は……。
「私が作った饅頭だ。疲れている時には甘いものが一番だからな」
 饅頭?
 劉來の手の上に温かい袋が乗せられた。
「それではな。あまり無理をするんじゃないぞ」
「……」
 微笑んだ陽子は部屋を出て行く。
 それを言葉なく見送った劉來は・・・・・・・・・・





「なあ、どっかから叫び声が聞こえなかったか?」
「お前もか?俺も何か破壊するような凄い音が聞こえた気がするんだよな」













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赤楽千年越えてますから、陽子も大人ですね!(・・・たぶん)