● 女王陛下の贈り物 ●







 雁国麒麟六太の朝は概ね――― とても、遅い。
 延王尚隆が朝議を三日に一度にしたので、思う存分寝ることができるのだ。
 そういう訳で、先ほどから部屋の外からかかる声を無視し続けている。

「台輔、台輔!」
 声からすると、どうやら朱衡らしい。
 怒らせると怖いが、昨日は真面目に仕事に励んだし、そのうち諦めて立ち去るだろう。
「台輔!」
 だが、六太の思惑に反して朱衡は一向に立ち去ろうとしない。
 いつになくしつこい。
「・・・よろしいのですか?」
 何が?
「お客様がおいでですが」
 どこの誰だか知らないが、こんなに朝早く来る客なんか待たせておけ。
 嫌だったらとっとと帰ってしまえ。
 とても慈悲の麒麟とは思えないことを心の中で呟いた六太は、朱衡の声が聞こえないように布団を頭から
 被ろうとした。
 ・・・が、次の一言でその手はぴたりと止まる。

「わざわざ景王君がいらしたというのに・・・」

「・・・ッ起きてる!目覚めてる!すぐ行く!」

 布団ごと床に転がり落ちた六太は、大慌てで叫んだ。












 夜着を着替えた六太が、庭院に顔を出したとき東屋では隣国の女王がにこやかに朱衡と談笑していた。
 この国の王である尚隆の姿が見えないところからすると、昨夜に出奔したままなのだろう。
 ――― ざまぁみろ。
 六太を人身御供にして逃げた王にべっと見えない舌を出してやる。
 これで女王は六太の独り占めだ。
 女王は姿の見えた六太に気づき、笑顔で手を振っていた。

「おはよう、陽子」
 朱衡を押しのけ、当然のように陽子の隣に座る。
 呆れたような朱衡は無視だ。
「おはよう、六太君。もうお昼だけどね」
 いつの間に。
「・・・俺にとったらまだ朝なんだ」
「そういうことにしておこう」
 くすくす笑われて、六太はあさってのほうを向いた。
「・・・で、どうしたんだ?尚隆に用事?」
「いいえ。今日は六太君に贈り物があって」
「俺に?」
 純粋に驚く。
「うん。六太君にはいつも珍しい蓬莱のものを貰っているから、何かお返しをしようと思って」
「そんなの」
 自分が好きでそうしているだけだ。
 他の誰も出来ない贈り物をして、この美しい女王の笑顔を見たいだけ。
「向こうの菓子なんだけど、似たような材料を探して作ってみたんだ」
「・・・陽子が?」
「そう、私が。だから多少形が歪なんだけど、そのへんは許して欲しい」
 陽子が朱衡に目で合図すると、頷いて顔の大きさほどある真四角な箱を六太の目の前に置いた。
「これ?」
「そう」
「開けてみていいか?」
「もちろん」
 穏やかに笑う陽子の前で、六太は箱の蓋を開けた。
 甘い匂いが漂う。
 箱の中には、白い雲のような丸い菓子がおさまっていた。
「『ケーキ』と言うんだ。六太君なら知ってるかな」
「・・・向こうで見たことはあるけど、食べたことは無い・・・ケーキ、て言うのか」
 物ならばともかく、食べるものは麒麟の性から食べられないものがある。簡単に手は出ない。
「六太君でも食べられるように気をつけて作ったから・・・形はともかく味は保証する」
「・・・食べてもいい?」
「どうぞ」
「お切りいたしましょう」
 さすがに大きすぎるだろうと朱衡が人を呼ぶのを六太は止める。
「いい。このまま食う」
「・・・六太君にはちょっと大きいと思うけど・・・」
 陽子はちらりと朱衡を見た。
 このまま六太がかぶりつくとなると、凄まじい麒麟が出来上がる。
「・・・・何か拭くものを用意して参りましょう」
 六太が言い出したらきかないのは500年の付き合いでよくよく理解している朱衡は一礼して立ち去った。
「んじゃ、いただきますっ!」
 ケーキを抱えるように持った六太は、白いふわふわに思いっきりかぶりついた。

「―――うまいっ!」

 一瞬後叫んだ六太に、陽子はぷっと吹き出した。
「??」
「・・・・ここに鏡があるといいのに。凄い顔だ」
 口のまわりに、鼻の頭。頬やおでこにまで白いクリームがついている。
 陽子はそっと手を伸ばして、頬についているクリームを取った。
「ほら」
 母親のような慈愛に満ちた笑顔に、六太の顔が赤くなる。
 クリームで隠れていて幸いした。
「全部は食べすぎじゃないかな?」
「全然!このくらい平気だ」
 平気じゃなくてもせっかく陽子が自分のために作ってきてくれたものを他の人間に食べられるのは嫌だった。
 特に鼻がきく尚隆には用心しなくてはならない。
「そんな急いで食べなくても・・・・気に入って貰えたならまた作ってくるし」
「ホントにっ!?」
「う、うん・・・ああ、約束する」
 顔を突き出すようにし勢いこんだ六太に驚きながらも、陽子は小指を目の前に差し出した。
 六太はこの合図を知っている。
 いつだったか、同じように何かを約束しようとしたときに陽子が教えてくれた。
 六太もにかり、と笑って小指を絡ませた。
「指きり!」
「「嘘ついたら針千本の〜ますっ!」」
 二人の言葉が一言一句違うことなく交じり合う。
 そして、互いににやりと笑うと・・・・

『指きった!』

 離れていく指を少し寂しく思いながらも、六太は次ぎはどんなケーキを作って貰おうかと、すぐにでも
 蓬莱に出向いて下調べをしようと決意した。
















〜*〜*〜*〜*〜* その頃の金波宮では 〜*〜*〜*〜*〜*

「黄医殿、台輔のご様子は?」
「うむ・・・・絶対安静じゃの」
 慶国麒麟の堂室からは奇妙なうめき声が響いている。
「・・・・・・・・・とりあえず、安定剤を用意いたしましたのでそれでご様子をみましょう」
「・・・・・そうですね・・・・・早く回復なされると宜しいのですが」
 冢宰と黄医は暗い顔で見詰め合う。
「・・・主上は?」
「・・・隣国へ、例のものをお届けに」
「何と!・・・・大丈夫なのですか?」
 黄医が真っ青な顔色になる。
「ご安心を。――― どうやら完成品をご持参されたようですから」
「それは・・・・」
 黄医は大きな安堵の吐息を吐いた。
「台輔のご苦労も報われようというものですな」
「全く・・・」
 いくら仲良くしているといっても隣国の麒麟をこんな目に合わせたとあらば国交問題だ。
 その間もうめき声は続いている。

「「・・・・・・・・。・・・・・・・」」

 二人はつくづく、麒麟でなくて良かった――― と胸を撫で下ろした。












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80万HIT、綺結様のリクエストでした♪
リクエストありがとうございましたっ!
男らしい陽子と、元気の良い六太の『ほのぼのギャグコメディ』と
いうことでしたが・・・ほのぼのはクリアしましたが、
ギャグコメディがあと一歩かと・・っ!(何が)
管理人は結構楽しんで書かせていただきましたが
お気に召していただけましたでしょうか?(不安・・・)