胸騒明くる年







 三十年目の年明けを、陽子は思いのほか静かに迎えた。
 ほんの数時間前までは隣国から主従がやってきて、今年最後の騒ぎおさめとばかりに騒いでいたのだが、
 『お前は新年ぐらい偶には大人しく王宮で官たちに挨拶をしろっ!』と殴りこ・・・否、雁国から迎えがやって来た
 ためしぶしぶながら、帰っていった。”偶には”とつくあたり、官たちの苦労が偲ばれる遣り取りだった。
 そこで座も自然とお開きになり、皆それぞれの部屋へと戻っていった。
 陽子もそのときは大人しく休むつもりだったのだが、何故か足はいつもの場所へと向いていた。

 閑散とした路亭は、見つけた頃と変わらぬそっけ無さで陽子を迎え入れる。
 悩みごとがあった時、頭に血が上った時・・・ここで腰をおろし、雲海を眺めていると自身の矮小さを思い知る。
 ”王”という名がついた陽子は、この世界を構成する小さな駒の一つに過ぎない。
 それ以上でも以下でも無い。そういうものなのだ、と開き直ると肩から力が抜けた。
 王気を感じ取ることが出来る景麒も陽子がここに居るときは、そっとしておいてくれる。たとえ、戻ってきた陽子の
 服の裾が土で汚れているのを見て眉をひそめていたとしても・・・。

 新年。三十年。
 まだと数えるか、もうと数えるかは人それぞれだろうが・・・陽子はまだ、と数えるしかない。
 漸く朝を整えることができ、本格的に動き出しはじめたばかり。まだ何も成していない。
 全てが荒れ果てていた慶だ。すぐによくなる筈も無く、一歩一歩確実に、踏み外すことが無いように。
 
 陽子はそっと目を閉じ、頬に風を感じた。

 穏やかな静寂。
 だが、落ち着かない。

 翡翠の瞳が、雲海の先を睨む。
 
 いったい何が起ころうとしているのか。また何を感じているのか。
 根拠の無い胸騒ぎと、小さな不安が陽子の中にはあった。









 それは、程なくして姿を現すこととなる。
 








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『天意真に非ず』の前振り・・のつもり。