■ 劉來の恋物語未満 ■









 前代の王の治世のせいで慶国には女が少ない。
 百年経っても登極当初に比べればマシになったとは言え少ない。その少なさが顕著に出るのが王宮でかある。
 女の官吏は排除され、中には処刑された者も居るという。しかるに百の年を越える女性官吏、女官はほぼ皆無。 早いうちに逃げ出した者も居たがそれらは立場上それが出来る者たちだった。高官になればなるほど最後まで自分の役目を果たそうと残っていた。
 よって慶国では空前絶後の売り手(女たち)市場だった。
 潤いが少ないと溢すのは陽子だが言うくらいならば己こそが潤いになってくれと周囲がどれほど願ったことか。そして数少ない潤いたちは侠気溢れる女王の周りに集まって脇目もふらない。
 理不尽だ。
 この世に救いは無いっ!とどこかの官吏が叫んだとか叫ばなかったとか。叫ぶ暇があったら仕事しろと走り回されたとか。そんな金波宮で劉來は女の少なさなど全く気にもしない一人である。一点集中だ。誰よりも年期が入っていると言ってもいい。
 そんな傍目からは硬派に分類される劉來に春(っぽい何か)が近づいていた。



「お茶をお持ちしました」

 小司馬になった劉來には一応個人の房室が与えられ、部屋つきの侍女なんて存在も居る。まあそれは劉來の専属ではなく夏官府の侍女たちが持ち回りで勤めているらしい。
 本日現れた侍女は最近よく見かけるようになった女だった。まだ少女と言っていいかもしれない。杏型の大きな丁子色の瞳、瑞々しい可愛らしさに頬を緩ませる男も多い。
 ……とは同僚の言葉である。
「今日も凄い量ですね」
 劉來の前に堆く積み上げられた書簡を目にしての感想である。彼女の言葉通りほぼ常に毎日、一年中この量が劉來の前に山となる。綺麗に片付くのは年に……いや三年に一度くらいかもしれない。
「ああそうだな」
 劉來は視線を書簡に落として誤字を訂正しながら適当に相槌を打つ。
 何で自分が添削しなければならないのだ。ふざけんなよ、差し戻してやろうかバカ野郎と胸中では罵り続けている。
「劉來様、少し休憩を入れられたほうがよろしいですわ」
「あ?」
 つい劉來がドスの効いた声を出してしまったとしても許して欲しい。劉來には休憩を取る暇さえ惜しいのだ。すっかり金波宮のブラック体質に染まってしまっている。
 だいたいこんな対応されると女は怒るか意気消沈して房室を出ていく。しかしその侍女は微笑んで更に何かを盆の上に差し出した。
「本日は主上から下賜されたお菓子もございますわ」
 ぴくりと震えた劉來の手が止まった。
 そこで初めて劉來は侍女を視界に入れた。
「ですからどうぞ休憩なさって下さいませ」
「……わかった」
 主上の恩寵とあらば無闇に断ることは出来ない。そんなのただの言い訳だとわかっているが陽子ならばきっと味の感想を聞いてくるだろう。その時に食べていないとは言えない。
「私もご相伴に預かってもよろしいですか?」
「……結構図々しいな」
 ぼそりと零した劉來の言葉は小さかったので侍女の耳には届かなかったようだ。
「何でしょう?」
「いや……好きにしてくれ」
「ありがとうございます」
 言うや自分の茶を準備して堂々と椅子に座って寛ぎ始める。
 侍女がこれでいいのか。
「とても美味しいお菓子ですわ。さすが主上が下さるものに間違いございませんわね。小司馬は甘いものはお好きですか?」
「……普通だ」
「お嫌いで無いのならばよろしかった。男の方は甘いものが苦手だと仰る方も多いですから。お茶のお代わりは如何ですか?」
「……」
 劉來にとって女とはあまり近づきたくない存在だった。理論的に話していたはずなのに急に感情的になり高い声で喚きだす。意味不明な集団を作り突然こちらを非難してくる。全く理解に苦しむ存在、それが女だった。もちろん陽子は別格だ。
 その女の最たるものに見える目の前の侍女はそれとは別に調子を崩される。別にこちらに阿るでもなく、喚くわけでもなく坦々と要求を突きつけてくる。
「そろそろ、仕事に戻らなくていいのか?」
「まあそうですわ。小司馬と戴くお茶が美味しくて過ごしてしまいましたわ。これ以上お邪魔しては申し訳ございませんから退散致します」
 徹頭徹尾素っ気無い劉來の態度を全く気にしていない。
 下手に泣いたりされるより楽だが、何か腑に落ちない。
 去っていく後姿を見つめていると、入り口で振り返る。
 何だ、まだ何か用事があるのか?

「私、薊花(けいか)と申します。どうぞお見知りおき下さいませ」
 にこりと笑ってお手本どおりの礼をした侍女は何事も無かったように去って行った。















劉來(りゅうらい)・・・陽子が大好きな、陽子のために金波宮の官吏になりました
新しい恋が始まる予感!?・・・・でしょうかねー・・・