■ きよしこのよる ■










「こんばんは」


 執務を終えて帰ってきた陽子は、軽く窓を叩く音に扉を開いた。
 そこに居たのは黒麒姿の・・・泰麒が浮かんでいた。
「・・・どうしたんだ、泰麒」
 隣国の主従とは違い、訪問の際には必ず前触れを寄越す泰麒の突然の訪れに驚く。
「雪見の散歩に行きませんか?」
 転変している麒麟の声は、直接頭に響くような不思議な余韻を残す。
「・・・構わないが」
「冷えますから、暖かくしてくださいね」
 気遣いに襖を着込んだ陽子は促されて泰麒の背に乗った。自国の麒麟の背に乗るならばともかく、他国の麒麟の背に乗っているところなど他の者に見られたならば何事かと思われるに違いない。陽子とて、他の麒麟の背に気安く乗ろうとは思わない。景麒の背中だって非常事態でも無ければ遠慮するだろう。
「しっかり掴まってて下さい」
 泰麒は優雅に月に向かって宙を舞った。








「寒くないですか?」
「思ったほどじゃない。寒いけれど気持ち良い」
 風を頬に受けながら、空を見上げれば白いものが落ちてきた。
「雪だな」
 不思議なことに雲の無い空から雪が降ってくる。
 月光を浴びながら落ちてくる雪は、白ではなく美しい黄金色をしていた。
「綺麗ですね」
「ああ、本当だ」
 宙に留まって、舞い落ちてくる雪をただ眺めていた。
「今日は突然どうしたんだ?」
「・・・今日は常世では特に何かあるという日ではありません。でも僕たちにだけはわかる特別な日ですから」
 そうではありませんか、主上      と、泰麒は口にした。
「泰麒・・・・要」
「きよしこの夜・・・誰とも知れぬ聖人の誕生日ですけれど、こうして大切な人と過ごす日の理由となるならば」
 戴の麒麟と慶の王。決して主従とはなれない二人だったが、彼らは掛替えの無い『対』に違い無かった。
「・・・私の記憶を奪わないで下さいと主上にお願いしたことを後悔したことなどありません。毎日顔を合わせることは出来なくても、こうして二人で過ごす時間を作ることが出来る」
 感謝する泰麒に陽子は吐息した。
「・・・要は、さぞかし戴の女官たちには人気があるのだろうな」
「は?」
「そんなことを言われて喜ばない女性は居無いだろう。罪作りなことだ」
「・・・・・・」
 一番罪作りなのはあなたです、と告白をあっさりと流された泰麒は思った。

 くしゅんっ。

「・・・やはり冷えますね。そろそろ戻りましょう。風邪でも召されて大事になってはいけませんから」
「過保護なことだ。私たち仙の体はそれほどひ弱ではないだろうに・・・皆、気にしすぎだな」
「主上が気にされなさすぎるので、それで丁度釣り合いがとれるのだと思いますよ」
 寒ければ鬣に顔を伏せておくように陽子は言われ、遠慮なくその滑らかな肌ざわりの鬣に頬を寄せた。

       幸せに過ごしているか?」
「はい。主上は?」
「もちろん。こうしてわざわざ遠くから駆けてきてくれる者も居ることだしな」
 くすりと笑い声が泰麒の耳をくすぐった。



 百年経っても忘れられない常世の記憶。
 夢のように儚く、そして懐かしい。

 二人だけの、この静かな美しい夜に思い出すのが相応しい。


 















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本当は25日にUPしたかったブツ・・
うちの陽子と泰麒は特別な関係です。(『天意真に非ず』参照)