絶体絶命

前編







「しかし王に続いて公主を拾うとは、つくづくお前も運がいい」
「はぁ」

 延王の言葉に楽俊は気の無い返事をかえす。
 内心どちらかというと運は悪いのではないだろうかと思いつつ。
 
 今、延王と楽俊は関弓でも、1,2の格を争う妓楼に居た。
 大学の休みを利用して芳国を見分して来た楽俊の報告を聞いているのだ。
 何故王宮ではないのかと言えば、延王がここが良いと言ったからに他ならない。
 
「ともかくご苦労だったな。色々と参考になった」
「おいらこそ、こんな経験普通じゃ望んでも出来ないことですし、ありがとうございます」
 例え王の前でも半獣の姿を隠すことの無いラクシュンだったが、最近は人形に慣れなければならないということ
で、朴訥とした人の良さそうな顔に穏やかな笑顔を載せてぺこりと頭を下げた。
 楽俊は、いつでも誰の前であろうと変わらない。

(だからこそ陽子が気に入っているのだろうが...)

「こちらこそ礼を言う」
 そう言いながらも延王の態度はどこまでも『偉そう』なのだが。
 しかしこちらもこれが彼の『常態』であるのだから仕方ない。
「その礼と言ってはなんだがな」
「は?いや、おいらは・・・」
「うっかり者の陽子は未だによくわかっておらんが、お前は正丁だ」
「・・・・・・・・」
 楽俊は延王の口元にのぼった笑みに嫌な予感がした。半獣の姿ならば、背後にある尻尾がそわそわと動いて
いたことだろう。
「つまりは、一人前の男だ」
「.....えん」

 パンパンッ

「は〜い」
 楽俊の言葉を遮って、手を打った延王に外から艶めいた声がかえる。
「失礼いたします」
 美しく着飾った花娘が顔を出した。
 ぞわぞわと毛が(今は人形だが)逆立った気がした。
 延王への報告のために、妓楼はよく利用したが、そこを本来の目的で楽俊が利用したことは無い。
 大学でも誘われたことがあったが、そんな金は無いからと断っていたのだ。
「おお、よく来たな。楽俊、この胡蘭はここでも1,2を争う人気者だ。存分に遊んで帰るといい」
「え?いや、おいらは・・・・っ」
 やはり、と慌てて断りをいれようと腰を浮かした楽俊に胡蘭と呼ばれた花娘が近づき、その手をとった。
 まるで羽のような感触と細い手指に、払うこともできず楽俊は当惑する。
「胡蘭と申します。楽俊様とお呼びしてよろしいですか?」
「え、はぁ...」
「では、邪魔者は退散するとしよう」
「え!?」
 てっきり延王も遊ぶのだろうと思っていた楽俊は、『全く企みごとはありません』と言わんばかりの胡散臭い笑顔を浮かべて去ってこうとする延王に手を伸ばす。
「大丈夫だ、楽俊」
 何がですかっ!
「あいつには内緒にしておいてやる」
「・・・・・・っ」
 にやり、と笑う。
          そういう問題では無い。
 顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと、通常では滅多にお目にかかれない楽俊の姿に腹を抱えて笑いそうになる
のを何とか押しとどめた延王は、胡蘭に目配せして楽俊には手を振り、部屋の外へ出て行った。

「楽俊様」
 胡蘭がにこりと微笑む。
 それはもう男ならば、誰でも蕩けてしまいそうな微笑だった。
 だが。
「・・・・・・」
 楽俊は気が遠くなりそうだった。
 嫌な汗が噴出してくる。



 絶体絶命だ―――・・・





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