■未だ蕾にして■









 きっかけは、いつもほんの些細なことである。



 慶は金波宮。
 ある路亭にて。

「景王はせっかくの素材を台無しにしておる。そう思わぬかえ?」
 氾王は扇で口元をちらりと隠し、隣に座る氾麟に囁いた。
「思いますわ、主上!とってももったいない!」
 氾麟はきらきらと目を輝かせる。
 頬を朱にそめた様はとてもとても愛らしい・・・・が、しかし。中身は延麒なのである。
「主上のようなお姿をされれば、もう眩暈がするほど麗しくおなりでしょうね・・・着飾らせてみたい」
 ふふ、と企み顔で笑う。
「おやおや、そんなにお気に入りとは・・ちと妬けるねぇ」
「やだ、主上!もちろん主上が一番ですけど!・・・でも、主上だって景王・・陽子のこと、かなりお気に召して
 らっしゃるでしょ?」
 お見通しなんだから、と愛らしい瞳が主を睨む。
 それにくすりと笑い、扇を閉じた氾王はふと真面目な顔を浮かべた。
 そうするときりっとした鋭さが顔を出し、男臭さがにじみでる。・・・女装している姿で妙な印象ではあるが。

「そうだねぇ・・・景王は花で例えるなら、蕾。どのような花が咲くのか、全くの未知。だからこそ、どれほどに
 あでやかに美しい花が咲くのか・・・自身の手で誇らせてみたい――― そう思わぬかえ、そこの猿王」
 扇でぴしりと指し示すのは、路亭に続く樹木の影。
「覗き見とは、さすがに猿王。妾にはとても真似が出来ぬ」
「・・・黙れ、倒錯王」
 渋い顔をして、一歩影から現れたのは隣国は雁の王。
「やだ、尚隆!盗み聞き!?」
 叫ぶ氾麟を、煩げにしっしっと手で振り、路亭の柱に背を預けた。

「花の盛りは短い」

 尚隆の視線の先にあるのは、氾王では無い。
 その背後にある、正寝――― そこに居るであろう貴き存在へ。


「花の盛りは短く、すぐに終わる。――― 急くことは無い。今はまだ、蕾のままが良い」


 沈黙が落ちた。



 パシリ。



「全く、それゆに猿王なのだ。未だ咲かぬもののすでに終えたことを考えて如何する?全く興ざめじゃ。
 そういうのを蓬莱では何と言うのであったかな、梨雪」
「えぇと・・・『取らぬ狸の皮算用』、だったかしら?」
「・・・・全く、どこで仕入れてくるんだか。年を重ねるといらぬ知識ばかり増えおる」
「女性に年のことを言うなんて最低よ!尚隆!」
 氾麟が立ち上がり、ぴしっと指を突きつける。
「俺は本当のことを言ったまでだ」
 せせら笑うように言われ、氾麟の眉が寄る。
「姫や、老人は労わらねばならぬ・・・・呆けた老人は特にな」
「っそうね!さすが主上、年ばかり食っておつむの発達が無いどこかの誰かさんとは大違い」
 ダブルの攻撃に、今度は尚隆の眉がむっと寄った。

「悠長なことを言うておると、美しいものはすぐに攫われる。愛でてこその花ゆえ」
「それが、本当に花ならばな」
「?」
 尚隆は柱から離れると、正殿へ向かって歩き出した。





「いくら美しくても ―――――― 手に入らぬものもある」





 立ち去る姿を皓々と、月が照らしていた。












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