女王陛下のお茶会











「馬鹿じゃないのっ!」

 

 耳に届いた幼い怒声に陽子は足を止めて、斜め後ろを歩く桓堆と目をあわせた。
 その一瞬で、言葉なく会話する。興味をひかれた陽子を引きとめようと咎めるような表情を浮かべた桓堆はまるっきり無視された。
「しゅ…っ」
 引き止める手も一瞬遅く、陽子は声のするほうへと駆けていく。

「汚い手で触らないでっ!」
 陽子が大通りから少しばかり中に入った路地裏をのぞくと、少女が大の男の手をけんもほろろに打ち払っている場面だった。
 あまり身なりの良くない男が3人で少女を取り囲んでいる。
 横顔しかわからないが滑らかな白い頬に、可愛らしい唇、目鼻立ちも整っている…男たちを相手にするには少々幼すぎるが美少女というに相応しい。身なりも男たちに比べて…比べるのが馬鹿らしいほどに上等な衣服だ。華美では無かったが、常々『陽子がごてごてしたのが嫌いなのはわかったわ!でもねっこっちにだって面子ってものがあるのよっ!』と祥瓊や鈴に似たようなものを着せられているのでわかる。

「何だこの餓鬼っ!こっちが下手に出てりゃ付け上がりやがって!」
「大人への言葉遣いってやつを教えてやろうぜっ」

「あんたたちみたいな低脳な人間から教えてもらうことなんて微塵も無いわっ!」

 3対1と圧倒的に不利な立場に立ちながらも少女は怯まない。…どころか凄い毒舌だ。
 男たちの顔が怒りに赤く染まり、手を振り上げる・・・



「待て」



 陽子は場違いに静かな声で、それを止めた。
「口で負けたら力技か?それこそ単細胞極まりない考え方だな」
 いきなり横から口出しされた男たちは、一瞬何が起こったのかわからない風だったが陽子の台詞が徐々に脳に浸透していったのか、漸く反応をみせる。
「な、なにを…っ」
「鈍い」
 男たちの一人が何が言う前に陽子は一言で切り捨てた。
「っこのっ!!」
 かんかんに怒り始めた。
 これで男たちの注意は少女から完全に離れた。
「何だ、口だけか?」
 陽子は駄目押しと更に煽る。
「くそっ!」
「てめぇっ!」
 殴りかかってきた男たちを陽子は身軽に交わし、足払いをかける。
 盛大に頭から突っ込んだ男に、「うわー痛そうだ」と陽子は内心で思いつつ不適な笑みをその秀麗な顔に刻んだ。
「もうっ許さねぇっ!」
 三人同時に突っ込んでくる。
 右側から殴りかかってきた相手の腕をガードして、左側の男に蹴りを入れて吹き飛ばす。
 残る一人は姿を潜めていた使令によって地に伏していた。
「くそっ!」
 どうにも適わないと判断した男が少女のことを思い出したのだろう。人質にとろうと振り返った。
 だが。
「残念だったな」
 そこには桓堆が腕を組んで立っていた。
「っ!」
 そこで男の記憶が途切れた。




「…少々強く殴りすぎたか?」
 男の後頭部を持っていた水禺刀の柄で思いっきりぶっ叩いた陽子は桓堆に尋ねる。
「…まぁ、大丈夫でしょう」
 殴った後に言われても後の祭りだが…。
 それよりも。
「怪我は無かったか?」
 陽子は桓堆の大きな図体の影に隠れてしまっている少女を桓堆を押しのけてうかがった。
 女性にはこれでもかと言うほど優しいくせに男となるとこの扱いだ。
 少々不満そうな桓堆など気にすることなく陽子は少女に向かって膝を折るとそっと手を差し伸べた。
 いくら助けられたと言っても赤の他人。頑なな表情を崩さない少女を宥めるように出来るだけ優しい言葉で再度繰り返す。
「怪我は、無いか?」
「…あなた、何者?人に声を掛ける前にその外套取りなさい」
「ああ、これはすまない。無礼な真似をした」
 あまりに目立つということで外套を被ったままだった。
 陽子はフードを取り払い、少女の前に顔を露にした。
「―っ」
 少女の目が見開かれる。
「…?」
 その反応に陽子は首を傾げた。己はそんなに驚かせるような面相をしていただろうか、と。
 とことん鈍い陽子に背後で見守っていた桓堆は小さくため息をついた。
「とりあえずここを動きませんか?こいつらが目を覚ますとまた煩いです」
「…そうだな。大丈夫だろうか?」
 前半は桓堆へ、後半は少女へと向けられたもの…少女は陽子を見つめたままこくりと頷いた。






 あの男たちに啖呵をきっていた勢いはどこへいったのか。
 まさに借りてきた猫のように不気味なまでに静かになってしまった少女を前に、陽子と桓堆は困惑していた。

 近くの割と人の出入りも多くい茶屋に入った陽子たちは、少女を向かいに据わらせて…さて、と動きを止めた。
 助けたはいいがこれからどうするべきなのか。
 …迷子、になるほどに幼くは無いが、保護者が必要な年齢ではあると桓堆は観察する。
 そのあたりの『常識』は蓬莱育ちの陽子にはあまり無い。いいのか悪いのか。

「私は朱嬰。こっちの男は桓堆という。あなたの名を聞いてもいいだろうか?」
「…珠晶」
「美しい名だな。あなたにぴったりだ」
 陽子はそんな台詞をさらりと言ってみせて、店員を呼んで『茶を3つ。あと甘いものを何か!』と頼んでいる。
 桓堆が唖然とする中、目の前の少女…珠晶はというと頬を染め、口をぱくぱくと開閉させていた。

「っふざけないで!」

 どんっと卓を珠晶が叩いた。
「…ふざける?」
「ふざけてないのだったら、揶揄ってるわけ!?」
 陽子はしばし沈黙する。
「…よくわからないんだが、私は別にふざけているわけでも揶揄っているわけでもなく、本当にそう思ったから言っただけだ。…もし気を悪くさせてしまったのなら謝る」
 珠晶はますます混乱したように怒り出すような泣き出すような微妙な表情を浮かべる。
 桓堆はずっと傍観者のように沈黙を守っていたが『わかる。その気持ちはよくわかるっ!』と肩を叩きたくなった。

「はい、お待ちどうさま〜」

 そこへ店員が明るい声で陽子の注文した品を持ってきた。
「ああ、ありがとう。美味しそうだな」
「そう?あり…」
 店員の女性が陽子に顔を向け、目を見開いた。
「え、…あのっええっそのっ、ごゆっくりしていって下さいねっ!
 先ほどのものより1オクターブは高くなっただろう声でお盆を胸に抱えて最上(のものだろう)笑顔を浮かべた。
「「……。……」」
 珠晶と桓堆は目を半眼にして、それを見ていた。
 一瞬で変わり身を果たした女性を呆れるべきか、声かけ一つで女性を落とした陽子を凄いとほめるべきか…。

「?どうしたんだ?食べないのか?」

 とぼけた表情の本人に全く自覚は無かった。












  

BACK





::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::