そー・すいーと











 久しぶりに”こっそり”訪れた玄英宮で、陽子は逆さ吊りになった六太と対面した。


「…何をやっているんだ、六太君?」
「あ、陽子!」
 天井の桟から足を外した六太がくるりと身軽に床に着地した。
「気分転換?」
「…そうですか」
 人それぞれだ。陽子は突っ込まなかった。
「陽子こそどうしたんだ?尚隆の奴は残念ながら居ないぜ」
 おかげで小言は全部オレのとこだ、と口を尖らす六太に苦笑する。
「ああ、別に確率は半々だと思っていたからそれはいいんだ」
 何の約束もなく突然やってきたのは陽子である。青鳥を飛ばしていても放浪癖のある相手はなかなか捕まらないのだから仕方ない。
「…何かあったのか?」
 不安そうな顔をする六太に、陽子は安心させるように笑った。
「大丈夫。今のところ順調だから。今日は六太君に会いに来たんだ」
「オレ?」
 六太は自分を指差す。
 五百年を超える年月を生きているというのに、仕草がいちいち子供っぽい。
「六太君は、可愛いな」
「はっ!?」
 いきなりそんなことを言われて、六太は目を白黒させる。
「いや、ごめん。五百年の治世を支える台輔に失礼だった」
「いや、いや別にそれはいいんだけどさ…」
 あたふたと衣の裾を握ったり離したりする六太に、とりあえず座らないかと陽子は提案した。











「実は、蓬山からの帰りなんだ」
「何だ、また塙麒のとこに行ってたのか?」
 陽子は頷く。
 六太に紹介されて知り合った塙麒だったが、今ではすっかり陽子になつき、甘えられて陽子も満更ではないらしく、ちょくちょく蓬山に顔を出しているのだ。
 塙麒の人間不信を少しでも治してやろうと陽子を紹介したのはいいが、六太が予想した以上に塙麒は陽子を慕い、最近景麒と顔をあわせづらい六太である。気難しくて頑固で感情表現の下手な景麒だが、主である陽子が他国の麒麟と自分以上に親しくしているなど、気分は良くないだろう。
 陽子本人は全く気づいていないのだろうが・・・
(・・・陽子も大概罪作りだよなぁ・・・)
 もっとも六太にわざわざ口ぞえしてやろうなんて親切心も無いのだが。
「それで、うちに来た用件って?」
「ああ、これを渡しに来たんだ」
 先ほどから陽子が手に持っていた布の包みを卓の上に置く。
「何?」
「青蕾と一緒に作ったんだ。女仙たちにも手伝ってもらって」
「・・・・・・」
 昇山の時期では無い。だから暇なのだろうが・・・楽しそうでいいなぁと六太はぼんやりと思う。
 蓬山のような和気藹々とした雰囲気は玄英宮で作ろうとするだけ無駄だ。なにしろ、絶対的に女性の数が足りない。・・・女官が居ないというわけでなく、尚隆や六太、高官たちを相手にして物怖じせずに遊び相手が出来る人間は、さすがに居ない。
「いいなぁ、オレもそっちが良かったな」
 遠く視線を飛ばす六太に、相当鬱憤が溜まっていることを知る。
 あと数日遅ければ、主と同じようにきっと玄英宮を飛び出していたことだろう。
「お疲れ様、六太君」
「陽子だけだって・・・そんな優しい言葉をかけてくれるのは・・・」
 オレのとこ奴ら、絶対オレの麒麟だなんて思って無いぜ。奄扱いだな、奄。とぼやく六太に、もし帷湍が居れば、自業自得だ!と叫んだことだろう。
 陽子は苦笑し、布を広げた。
「スィートポテト、ていうお菓子なんだ。材料はお芋で、すり潰して焼いたお菓子。砂糖とか入れてるから疲れてるときに食べるといいよ」
 漆塗りの箱の蓋が開けられると、中には『スィートポテト』とやらが綺麗に並べられていた。
 甘い匂いが漂う。
「初めて作ったんだけど、なかなかいい出来で、六太君にも食べてもらおうと思って」
「陽子っ!大好き!」
 椅子の上に立ち上がり、覗き込んだ六太に微笑が漏れる。
 中身は陽子よりずっと年上だってことはわかっているが、こうして子供っぽい仕草を見せられると、どうしてもそんなことを忘れてしまう。
「口にあうといいんだが・・・」
「大丈夫だって!すごい旨そうだもんっ」
 いっただきまーすっ!と手を伸ばした六太の頭の上から、別の手が伸びた。
「あっ」
「・・・・うむ。旨いな」
 唖然とした六太が見上げれば、そこには逃亡中の延王が悪びれた様子なく味わっている。
 ・・・六太よりも先に。
「ってめっ!」
「延王、帰っていらしたんですか?」
「よう、陽子。たった今だ」
 言われてみれば、旅装のままだ。
「尚隆!てめぇっ!これは陽子がオレに、オ レ に!持ってきてくれたんだからな!それをそれをっ」
 胸座を掴む六太。食べ物の恨みは怖いのだ。
「まぁまぁ、六太君。まだあるから、ね」
 はい、どうぞと箸で摘んで口元に寄せられる。
「ん」
 ぱくりと口に含んで、もぐもぐと動かす。
「どう?美味しい?」
「旨いっ」
「そうか、良かった」
 途端に機嫌を治した六太を、呆れたような視線で延王が見ている。
「それじゃ、私はそろそろ失礼します」
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
「そうもいかない。帰ると約束していた日を少々過ぎてしまったから」
「ならば今更だろう」
 ぬけぬけと言い放つ延王に、はぁと陽子は溜息を洩らした。
「生憎、私はそこまで図太くなれませんので・・・延王もいい加減になさったほうがいいですよ」
「何をだ」


「もちろん、無断で王宮を不在になされることです」


 振り向くと、笑顔の朱衡が立っていた。
 禁門を通らずに帰ってきたというのに、延王の帰途を早々に知ったらしい。

「不在中に溜まった決済いただく書類は山のようにございますので、とっとと執務室へお願いします」
 一部口調が帷湍化している朱衡に、並々ならぬ怒りを知る。
「旅の疲れが残っているのだがな」
 その朱衡を目にしてもそう言えるところが、延王の延王たるところだろう。
「いいからさっさと仕事してこい!」
 その背後から六太がとび蹴りを食らわせた。
「お前が居ない間、ぜーーーーーんぶっオレのとこにまわってきてたんだからなっ!!」
「台輔。台輔もいつまで休憩なさっているおつもりですか?」
「・・・っ」
 逃がしませんよ、と笑う朱衡に六太の顔が引き攣る。
「そ、それじゃ、本当に私もこのあたりで・・・」

「陽子様」

 私もか!?と朱衡の呼びかけに、陽子はぎくりと足を止める。

「今度、いらっしゃるときには、何卒正面よりお越し下さいますようお願いいたします」
「・・・・・・・。・・・・・・」

 朱衡のその笑顔に、陽子は五百年の治世の秘訣を垣間見たのだった。

 







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