■ それとこれとは別 ■







 景麒は自身の機嫌が最高潮に悪くなっていくのを自覚せずにはいられなかった。


「延台輔、そろそろ自国にお帰りになっては如何です?」
 景麒は己の主の横に我が物顔で陣取っている隣国の麒麟に顰面で言いやった。
 だいたいその場所は自分が居るべき場所で、他国の麒麟に横取りされるいわれは無いっ!
 景麒は袖の下でぐぐっと拳を握り締めた。
「えー、やっとのことで抜け出して来たんだぜ。当分帰ってなんかやるもんか。だいたいあいつら俺のこと馬車馬か
 何かと勘違いしてるんだぜ、どこの世界に麒麟を拘束して働かせる奴が居るかっての。なぁ、陽子。邪魔か?
 邪魔だったら・・・どっか別のとこ行くけど・・・」
「全然そんなことありませんよ、延台輔。景麒、お前ちょっと口が過ぎるぞ」
「・・・・・・」
 どのあたりが過ぎるというのか。景麒は文句を呑みこみ、延麒六太を睨んだ。
 六太はそれをせせら笑うように、景麒にちらりと舌を出し、わざとらしく陽子に笑ってみせる。
「やっぱ陽子は違うな。話がわかる。あ、それから俺のこと六太って呼んでいいから。延台輔じゃ堅苦しいもんな」
「はぁ」
 苦笑した陽子の手には御璽がある。
 ただ今、執務の真っ最中なのだが・・・二日前から金波宮に現れた六太はべったりと陽子について離れない。
 それにともない景麒の眉間の皺も刻一刻と深さを増している。
「あーあー、俺もどうせなら陽子みたいな美人の主が良かったなぁ、尚隆なんて少しも可愛げが無いんだぜ」
「くすくす、延台輔・・いえ、六太君。延王は十分美丈夫な方じゃないか。それに私なんて選んだが最後、今のように
 延が500年も持たなかったかもしれない」
「主上・・」
「だーいじょうぶだって!」
 景麒が口を開くよりも早く、六太が陽子の腕にじゃれついた。
 更に一層、景麒の眉間の皺が恐ろしい深さとなる。
「陽子なら大丈夫。俺が太鼓判を押すって」
「ありがとう。六太君にそういって貰えて嬉しい。私も六太君のような麒麟が良かった。景麒は口煩くて・・」
「主上」
「ほらね。私がさぼろうとすると、すかさず飛んでくるんだ」
「主上っ」
 陽子と六太は顔を見合わせて笑い合う。
「あー、俺、陽子のこと好きだなぁ」
 下から見上げて、しみじみと言われた陽子は瞬間目を丸くしたものの、すぐに破顔した。
「私も六太君のこと、好きですよ」
「ホントかっ!?じゃ、相思相愛だな!」
「くすくす・・・そうですね」
「・・・・(主上、延麒はそんなりはしていますが、500年以上生きてる爺なんですよっ)」
「何だ、景麒。そんな顔して・・ああ、わかってるわかってる。手を動かせって言うんだろ」
「・・・わかっていらっしゃるなら、遊んでいないでさっさと手を動かして下さい。それから延台輔」
「何だ?」
 にやにやと笑う六太に、景麒は嫌そうな顔になる。
「・・あなたの主は延王君であり、我が主ではございません。そのようなことは自分の主になさって下さい」
「えー、尚隆なんかにしたって気持ち悪いだけじゃん。俺は陽子がいいなぁ」
「延台輔」
「確かに俺の主は悲しいことに尚隆の奴だけど、それと俺が陽子を好きなことは別だし」
 ことさら愛らしく首を傾げてみせる。
 それを微笑ましく見守る景麒の主、陽子。
「・・(主上、騙されてはいけませんっ!中身は爺なんですよっ!!)」
 心の中で叫ぶも、感情を表に出すことの苦手な景麒は口にも顔にも変化は無い。
「さてと、本当にこれ以上陽子の邪魔しちゃ悪いし国に戻る。また遊びに来てもいいか?」
「ええ、いつでも。大歓迎です・・・煩い小姑はいますけど。それでよろしければ」
「少々のことには目を瞑る。陽子が居ればそれでいいし」
 示し合わせたかのように、目で合図を送る陽子と六太。

 そのとき、ぷちんっ・・と何かが切れる音がした。




「主上っ!延麒っ!!」







 季節外れの雷に、金波宮では腰を抜かした者が続出したらしい。





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