■浪々■







 ある冬の関弓の街は、この時期には珍しく暖かかい気候に包まれていた。



「・・・どうして、あなたがここに居るんだ」

 行き着けの食堂で、居るはずのない人物と出会ってしまった陽子は挨拶するよりもまずそう言葉にして
 しまった。
「それはこちらの台詞だと思うのだけど」
 言われた相手は、陽子の姿に僅かに驚いたが、今日の日のような穏やかな笑顔のまま手招いた。
 それに少し躊躇しつつも、他に席も空いていなかったため大人しく男の座るテーブルに近づき、進められる
 まま腰掛けた。
 にこにこ顔の優男風・・実際はかなりの腕の持ち主は、南の大国奏の公子である。
 こんなところに居ていい人物では無い・・・が、それは陽子も同じくなのであるが。
「あなたは、えん・・・いえ、風漢殿によると傾きかけた国でしか会わないと聞いていたのだけれど」
「そうだねぇ、絶対にそうだというわけでは無いけれど」
「まさか・・・この国がそうだというわけでは無いでしょう?」
 陽子の言葉に相手がぷっと吹き出した。
「そうだと面白いんだけどね。この国は当分大丈夫そうだよ。それよりも私より君だと思うけど・・・こんな
 ところへ一人でいいのかな?」
「使令がついてます・・・どこかのご一家とは違ってうちのは心配性なので、一人だと絶対に外には出して
 くれませんから」
「心配されているうちが花だよ。どこかのご一家なんか、心配するどころか厄介者扱いだからね」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

「「・・・どちらもどちらか・・・」」
 互いに沈黙した二人は、同時にぼそりと落とした。

 








 丁度、昼食時でこんでいる食堂の中、陽子は忙しくたちまわる給仕をつかまえ、素早く注文を伝える。
「・・・慣れているなぁ」
「そうでもありませんよ。風漢殿なら座っただけで、まず銚子が出てくる」
 再び利広が吹き出す。
「さすがというべきか、呆れるべきか・・・風漢らしい」
「ところで、本当にどうしてこんなところに居るんです?」
「ちょっと通りがかったものでね。腹ごしらえをしてから次の街に行こうと立ち寄ったんだ。陽子は?」
 他に意図は全くない、と人のいい笑顔を浮かべている。
 この笑顔が曲者なのだ、と延王は言ってはばからない。
「人と待ち合わせをしているんです。相手に来てもらうより、私が来たほうが早いし手間がいらないから」
「手間がねぇ・・・」
 先日初めて出会ったときも思ったのだが、本当に王らしくない王だと、利広はおかしくてたまらなかった。
「その待ち合わせの相手は風漢かい?」
「いえ、雁の大学に通っている友人です。たまの休みを潰してしまうようで申し訳ないんだけれど用事があって」
 嬉しそうに陽子は語る。かなり親しい友人らしい。
 陽子はきょろきょろと辺りを見渡し、まだ来てないみたいだと呟く。
「・・・その相手は君が、慶の・・・王だと知っているのかい?」
 だとすれば大した度胸だと言うしかない。
「?ええ。・・・恩人なんです。右も左もわからなかった私にこの世界のことを教えてくれて導いてくれた。
 彼が居なければ、きっと私は今ここには居なかっただろうな」
 景王の登極には延王が力を貸したと聞いているが、それまでの詳しい経緯を利広は知らない。
 しみじみと語る陽子を見ていると、相当苦労したのだろうと察せられた。
「是非一度会ってみたいね、その友人と」
「それは、いいですが・・・」
「何か不都合が?」
「いえ、あなたのことを何と紹介したらいいかと・・・」
「ははは、ただの商家の三男で風来坊。そんな風に紹介してくれたらいいと思うけど」
「駄目です。楽俊・・・友人はこういうことには鋭いんで絶対に気づかれる。だいたいあなたはどう見ても
 ただ者じゃありませんから」
「そうかなぁ」
「どこか得体の知れないところがあります」
 利広は興味深そうに陽子の言葉を聞く。
「軽そうに見えるのだけど、容易く他人を踏み込ませない線みたいなものを感じます。・・・風漢殿も似たような
 雰囲気があるけれど、あなたは優しげなぶん、余計に厄介な気がする」
「厄介か・・私より余程風漢のほうが厄介だと思うけれど」
 利広は肩を揺らして笑った。
「風漢殿も同じようなことを言ってました。果たしてどちらが本当なのか・・・若輩者の私にはわからない」
 利広は呆気に取られた。
 嫌味まじりに言われたなら笑ってかわすところだが、陽子の顔はどこまでも真面目なのだ。
 本気でそう思っているらしい。

 (・・・風漢が、何かと手を貸してしまうのがわかる気がするなぁ・・・)

 生真面目で融通がきかない・・・けれど、純粋で正直だ。
 けれど、時には奔放で小憎らしいところも見せる。
 
 ―――― 厭きない。

 そういうことなのだろう。

 

「残念だな、是非その友人に会ってみたかったんだけど、そろそろ行かないと」
 利広は代金を置いて立ち上がる。見送りにと同じく立ち上がろうとした陽子を制し、ひらひらと手を
 振って店を出て行く。
「・・・・・・。・・・不思議な人だな」
 陽子は以前に会ったときと同じような感想を抱き、呟いた。







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まだ手探り状態な利広(苦笑)