濫 觴














 金波宮に強制滞在を言い渡された楽俊は、現在浩瀚の前に立っていた。
 顔見知りではあるが親しくは無い。その身分には転地の差がある二人である。
 幾ら高い身分の相手には耐性がある楽俊といえど緊張する。

「時間を割かせてすまない」
「いえ……おいらこそお忙しいのに、すみません」
 何となく元凶は陽子なんだろうなと推察しているので、楽俊の頭が下がる。
 楽俊は配属希望を地官府に出す予定だったが、祥瓊がすでに配属が決まっていると言っていた。
「おいらの配属のことですか?」
 お茶を濁しても仕方ない。
 ずばりと切り込んだ楽俊に浩瀚は穏やかに微笑みを浮かべた。
「話が早くて有り難い。さすが主上が友と呼ばれる方だ」
「……」
 それは褒められているのだろうか。
「主上は冢宰府か春官府にと考えられていたようだが、私としてはそれはもったいないと考えている」
「もったいない……?」
「そう、大学の卒業試験や成績からも推測するに君の能力を活かすには」
「おいらの、能力……ですか」
 それよりも大学の成績を浩瀚がすでに手に入れていることが怖い。
「君の希望通り、地官府だ」
「……ありがとうございます」
「主上にはご寛恕たまわらねばならぬな。主上は近くにと希望されておられたから」
 陽子の望みといえど、浩瀚に妥協は無い。
「楽俊からよくよく主上にはお願い申し上げておいて貰いたい」
「……」
 陽子への説得を浩瀚から楽俊は丸投げされた。
 確かに適材適所の判断だろう。目の前の相手が恐ろしく有能だということはよく理解できた楽俊だった。









 夕食は陽子の他に祥瓊や鈴も加わった。
 四人で夕餉を戴いている。作ったのは祥瓊と鈴で、陽子はお茶を入れた。
 二人とも断固として陽子には料理をさせない。曰く、食事は楽しくしたいとのこと。
「楽俊が来てくれたおかげで陽子の機嫌も良くて助かるわ」
「別に私の機嫌なんてどうでも良いだろ」
「おお有りよ。陽子は自分の影響力を少し考えてもらわなくちゃ」
「そうそう、鈴の言う通り。自覚しなさい」
「はいはい」
 頭の上がらない二人に揃って言われては陽子には頷くしか無い。
「そうだ、楽俊。正式な任官は先になると思うけど、その前に夏官府に行ってもらうことになったから、よろしく」
「は?」
 楽俊の箸が止まった。
 地官府ではなく、何故夏官府なのか理解できない。
「いや、夏官府が深刻な人手不足でな。どうしても文官に能力がある者が必要らしい。だから、正式な任官では無いのだけれど、手伝って欲しい」
 確かに金波宮に留められておきながら、何もしないというのは楽俊としても居心地が悪い。
「そりゃ、手伝えってんなら手伝うけど……おいらで良いのか?夏官のことなんて素人だぞ?」
「大丈夫だ、問題ない」
 何故そこま自信一杯に太鼓判を押せるのか。
「楽俊なら出来ると信じているよ」
「……」
 そこまで全幅の信頼を置いたような顔で言われて出来ないと言える者が居たら見てみたい。
「陽子って……」
「誑し、よね……」
 しかもそれが何の腹意もなく本気なのだから。
 楽俊は髭をそよがせながら頬を掻いた。










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