王様のディナー










 王の晩餐は、広い卓に十二国の妙味が並び華麗な燭台が煌きを添え、優雅に給仕が通りすぎていく。
 庶民には一生お目にかかれない豪華な宴も、日常茶飯事のものと形を変える。
 一言で言えば豪華絢爛。
 
 そう、確かに『王の晩餐とは?』と聞かれれば誰しもそんなものを想像するだろう。
 だが、しかし。
 他の王宮はともかく、この慶国においては『何それ?』と首を傾げずにはおられない。
 この国の主は贅を嫌う、と言えば聞こえはいいが、実際のところ王宮内の誰よりも庶民派で吝嗇家なのであった。
 だが、それも責められはしないだろう。いや誉めてもいいくらいだ。
 何しろ慶国の国庫ときたら、よくこれで国として成り立っているのだと思われるほど空っぽ。
 逆さに振ってもほこりすらたたない。
 貧乏もここに極まっている。
 そんな状態で贅沢など、出きるはずがない。
 それでも体裁を整えようとする官吏たちに、陽子は言ってやったのだ。

 『うち(慶)には王の威儀なんてもののために出費する余裕の欠片もない。それでも威儀を保つことが必要だ
 なんて言うのならば、言った者が王のために身銭を削って保ってくれ。それが嫌ならあーだーこうだと他人の
 懐を頼って我が物顔で意見を言うのはやめて欲しい。もっとも私はそんなことをされてもその人間に特別な
 寵をかけようなんてことは一切しない。私のために何かできるのであれば、まずは民のためにその手を
 差し出して欲しいからだ』

 告げた陽子に官吏たちは、唖然として口を開けた。
 横で控えていた景麒も信じられない生き物を目にしたような顔だった。
 後にそれを聞いた延王は大いに受けて腹を抱えて笑ったものだ。

 とまぁ、前置きは長くなったが、そんなわけで陽子の晩餐は広い卓どころか、四人がぎりぎり座れる程度の
 大きさで、料理も3品並べば今日は豪勢だなぁと感嘆が漏れるほど。
 自国の王がこんな状態などと民が知ったら、哀れに思って涙さえ流しかねない。
 しかし、巧国を放浪し飲み水にさえ苦労したことのある陽子にとっては、安心して休める上等な寝台もあり、
 その上三度の食事もまともに食べられるなど夢のようだ。

「どうした、景麒?――そんな渋い顔をして、この芋の煮物は口にあわないか?」
「いえ、そんなことはありませんが・・・」

 本日、陽子と晩餐の卓を囲むのは半身である景麒だった。
 これは珍しい組み合わせである。
 麒麟は仁の生き物で血に弱い。肉なんてもっての他。ばりばりの菜食主義だ。
 よって、どうしても料理の内容も違ってくるため別室にて食事を取ることが多い。
 それがどうして陽子と一緒に食事することになったかと言えば、執務が長引き終わらないため、いちいち別室に
 帰ってまだ戻ってくるのは時間の面倒だと陽子が主張したからだ。
 
「・・・主上」
「ん?」
「主上は・・・いつも、このような食卓を?」
「??そうだけど」
 陽子はいったい己の半身は何を言いたいのかわからず首を傾げる。

 ――― あまりに質素すぎる。
 何故誰も改善しようとしないのかと文句が脳裏に浮かび上がるが、すぐに自分の主の発言のせいだと溜息をつく。
 景麒は蓬山育ちで贅沢も贅沢だなんて思わない温室育ちの麒麟である。
 そんなのが他人を哀れだのどうのとちゃんちゃらおかしいが、ここに来て景麒は己の認識を改める必要があると
 激しく感じた。

 主上は、民のためにこれほど質素倹約に励んでおられる。
 それに引き換え、この自分と来たら!!


 どこまでも真面目で融通がきかないのが、景麒の玉に瑕。

「主上」
「何だ?」
「―――― 私は、努力が足りませんでした」
「は?」
「明日からは、より精進に励みたいと思います」
「は?・・・ああ、うん、頑張れよ」
 
 拳まで握りしめて、珍しくも仏頂面を熱血させている景麒に陽子はよくわからないまま頷く。
 胸中で『本当に変な奴だな』と呟きながら・・・。
 やはりこの主従、徹底的に言葉が足りないらしい。
 阿吽の呼吸でで意志の疎通が図れるようになるには、まだまだ努力が必要なようだ。






















「ああ、なるほど。そのようなことが・・・・道理で納得いたしました」
「何がだ?」
 景麒との食事風景をふとしたことで漏らした陽子に、曲者冢宰は笑みを浮かべた。
「台輔も順調に朱に染まりつつあられるということが」
「――― どうだか、あいつは頑固だからな」
「そのあたりも、主にそっくりで」
「浩瀚」
「失礼を」
 全くと苦笑した陽子と浩瀚は、すぐに表情を改める。
「さて、先日の事件のことですが・・・」
「ああ・・・」
 陽子は憂鬱な顔になる。
 陽子を毒殺しようとした首謀者は未だに捕まっておらず、建国したばかりの忙しい時期であるというのに
 その探索に労力と人を裂かなければならないというのは、自分で巻いた種とはいえかなり痛い。
「桓堆から報告があがってきていることと思いますが、続きをこちらに持って参りました」
 陽子は差し出された書類を受け取った。
 左軍将軍桓堆は、毒殺未遂事件の折に陽子の傍におりながらもそれを防げなかったことに責任を感じて
 自ら犯人探索に下界に下りている。
 陽子としては、迂闊だったのは自分であり桓堆には何も責任は無いと思っているのだが、いい加減に見えても
 真面目な桓堆のこと。それでは気がすまないだろうと黙認していた。
「どうやら仙籍に入っている人間が関わっているようですね」
「何・・・」
「単独犯では無く、組織犯であることは先日の調査でお知らせしていたと思いますが、その中に仙が混じって
 いるようです。桓堆がもぐりこませている幾人かの部下からの報告によりますと、首領の側近にそれらしき
 人間がおり、組織の軍師的な役割をこなしているようです」
「・・・・地仙か飛仙か・・・・」
「地仙については、名簿から現官吏を照合し役職に名前はあっても存在しない人間が幾人かいるようですので
 確認作業の最中です。飛仙については、どうにも手の出しようがございません」
「だが、慶国の政に関わろうとするからには出身者か、何か縁のある者だろう―― そのあたり、どうせ浩瀚は
 推察しているのだろうけれど?」
「恐縮でございます。しかしながら、捕まえた一味の者を自殺させたのは失態でした」
「――― 本当に自殺だったのだろうか?」
「主上?」
「私の思い過ごしかもしれないが・・・あの男の顔を見たところ、自分で自殺するような気概を持っているとは
 とても思えなかったのだけれど」
「――この金波宮に、一味の者が紛れ込んでいるかもしれないと仰いますか」
「わからない・・・だが、嫌な予感がする―――私の気のせいであればいいが」
 翡翠の瞳に翳りが落ちる。
「主上・・・どうやら身辺の警護を強化したほうがよろしいですね」
「!?・・・いや、そこまでする必要は、今だって班渠もついているし、虎嘯だって・・・」
「いいえ、強化させていただきます」
 言い訳をはじめる陽子を、浩瀚の笑顔が打ち落とす。
「うーー・・・」
 余計なことを言ってしまった、と陽子は頭を抱えた。
「もっともすぐに護衛を増やすことは出来ませんから、正寝の入り口の兵を増やし出入りする人間には細心の
 注意を払うように伝えておきましょう」
「仕方ないな。それと――― 班渠」

 『御前に』

 陽子の呼びかけに遁甲していた使令が姿を現す。

「お前は、景麒の護衛に回ってくれ」

 『しかし、台輔からは主上のお傍にと・・・』

「私のほうは心配いらない。結構丈夫に出来てるし――― ・・・景麒に何かあった時のほうが困ったことになると
 思わないか?あいつに剣なんて持てるわけないし」
「主上・・・」
「そう渋い顔をするな。そのかわり冗祐はつけておくから。・・・・心配なんだ」
 頼む、と見上げるように言われて浩瀚は、ほぅと息を吐いた。
 この顔に弱い自覚のある浩瀚であるが、主は時々それをわかっていて使っているのでは無いだろうか。
「景麒が文句言ってきたら、な、上手くかわしておいてくれ」
「主上。私が台輔に恨まれますが」
「大丈夫。浩瀚にかかったら景麒なんて赤子の手をひねるようなものだろ?」
「――― いったいどんな悪どい人間だと思われているのでしょうね、私は」
「ち、違うって!」
 悲しそうにいわれて陽子は慌てたようにパタパタと手を振る。
「浩瀚はそれだけ優秀だって言いたいんだ、私は!」
「・・・・そういうことにしておいてさしあげましょう」
「・・・・一筋縄でいかないな、やっぱり」
「主上」
「あ、いやいや!・・・で、班渠。勅命だから」

 『・・・・・・御意』

 しぶしぶとではあるが、頷いた使令は再び遁甲し、姿を消した。


「さてと、じゃ次の案件に移ろうか」
「恐れ入ります」

 こうして、しばらく陽子は真面目に政務に励むのだった。






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ブランチが、あまりに尻きれトンボだったので
続きを書くことにしました。