▲ くりすますつりー ▲












 慶国は、胎果の王を戴く国である。
 もちろん、そんなことを言えば隣国の雁も同じことだが、彼等の間には500年という歴史が横たわる。
 はっきり言ってしまえば、『生きた化石』と『現代っ子』と表現できるだろう。
 
 そんな女王…陽子は現代っ子とは言っても、大人しく目立たない派手嫌いな少女として生きていた。
それが女王になるなんて人生って本当にわからないな、と常々思ってみたりもするが、それは今は置いておくとする。だが、いくら地味ではあっても一般的な日本人としてそれなりにイベントをこなしてきた。
 さすがに国が落ち着かないうちは、それどころではなかったが10年を越え、段々と身辺が落ち着いてくるにつれて、それが懐かしくなってきた。こちらの世界ではそういう行事が全く無いのだから。
 そんなわけで、陽子は勅令で『くりすます』なんていう国民の休日を作ってしまった。
 それを陽子が口にした時の官吏たちの顔ときたら、今思い出しても・・・おかしくてならない。

『あ、あの恐れながら主上・・・く、くりするます?』
『くりすます』
『・・・く、くりすます、とは何でしょう?』
『国民の休日』
『いえ、そうでは無く・・・その言葉の意味がよくわからないのですが・・・』
 勇気ある官吏の言葉に周囲の官吏たちも同じく、と渋い顔をして頷いている。
『自分の大切な人と日頃の労を労いながら、楽しく過ごしましょう・・・という意味だ』
 はぁなるほど、と尋ねた官吏が頷いている。
       ちょっと騙されやす過ぎないか、と陽子が心配になるくらい素直に。

 そして、名称はどうあれ国民の休日という日を設ける案は悪く無い、ということで朝議で全会一致で可決され、晴れて『くりすます』は慶の祝日となった。
 『陽子も時々無茶苦茶やるよな〜』と、隣国の麒麟六太は笑った。そんな六太は、この慶の祝日『くりすます』には、主の延王と共に遊びにやってくる。


「陽子!」
「やぁいらっしゃい、六太君」
 雁主従は禁門を通らず、いつも露台から金波宮にやって来る。禁門を通ると、必ず禁軍兵士と顔を合わさなければならず、仰々しいのが嫌だということらしい。陽子も同感だ。――同様の手口で玄英宮に出入りしている身としては。
「俺には挨拶無しか?」
「いいえ、今年よく覚えていらっしゃったなぁと感心しているところでした」
「年をとっても中身はまだ若いぞ。ぼけ老人扱いはやめていただきたいな」
「それは失礼致しました。先月の会合ではご不在ということでお会いできませんでしたので」
「・・・・・。・・・・・」
 まさかすっかり忘れ果てて舜あたりで遊んでいたとは言えない。
 難しい表情で口を閉じた延王に、ついつい笑いが零れる。
「お待ちしておりました。いつまでもここで話もなんだからこちらへどうぞ」
 酒席の用意を玻璃宮に整えさせている。いつもなら陽子の私室近くの部屋に用意されるが、この日ばかりは、ある理由から玻璃宮に場所を移す。
「今年も凄いな!」
「喜んでもらって何より」
 玻璃宮から見える庭には、背の高い木がある。樅に似たその木は、ちかちかと光が点滅していた。
「全く変わったものを作ったものだ」
 延王が苦笑する。
「綺麗でしょう?それに食べられますから実用的ですよ」
「何て言ったけ?」
「いるみねーしょん」
「何回聞いても耳慣れん名前だな」
「そうですか?」
 陽子が王宮の路木に願って出来た穀物の実である。実が熟しはじめると点滅しはじめ、夜になると実に幻想的な風景を作り出す。実は二晩で熟し、その後は収穫して果実となる。桃と林檎をあわせたような味わいと食感で、甘いものが貴重な慶では喜ばれている。他国にも評判が届いて、この時期になると人目見ようとそれだけのために観光にやってくる物好きも居るらしい。
「でもさ、何で青とか赤とか・・・あんなに色々あるんだ?確か一色だよな?」
「実を布で覆ってあるんだ」
「・・・・・暇なのか?」
「貧乏暇なしですよ。でも国民の休日ですから、たまにはこういう楽しみでも無いと・・・皆、楽しそうに飾りつけてましたから。あ、一番上の星は景麒と私の共同作業です」
 つまり、景麒に騎乗して木の天辺に星型の飾りを乗せたということらしい。『私は騎獣ではございません』と景麒の渋る顔が目に浮ぶようだ。
「ま、楽しませて貰っている身で文句は言わんが・・・」
「ふふ、貴方は花より団子ですか」
 空になった酒杯に酌をして、陽子が笑う。
「そうでも無いな。花を愛でるのは好きだぞ。特に極上の花は、な」
「へぇ、初耳です」
 意味ありげに流し目を送る延王に、陽子は不敵に笑う。

(――― わかってないんだろうなぁ・・・)
 そんな陽子を見ながら、六太は内心で呟き、
(こいつは・・・全くわかておらんな。相変わらず鈍い奴め・・・)
 尚隆も内心嘆息をついた。

 



 視界の先で、美しく輝く『くりすますつりー』より。
 二人にとっては、目の前に居る陽子のほうが何倍も美しく見えていることを。
 こうして穏やかな時を共に過ごせる相手が居ることを。

 何より楽しんでいるのだと。










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え?クリスマス終りました?
・・・・。
そういうことにしておいて下さい(どういうことだ)