華炎記
 ■ 番外編(即位) ■






 新たな女王の即位式は盛大に……は、行われなかった。
 当の本人が最低限に威儀を整えられる程度でよいと言い張ったからだ。
「うちにそんなお金があるのか?あるなら出してみろ」
 反論する官僚に女王はそう言って、黙らせた。
 そうは言っても即位式を開かない訳にはいかない。

「はー……」
「陛下、先ほどから溜息ばかりですわ」
 侍女に衣装を合わせられているのだが陽子の溜息が止まらない。
「陛下のお披露目ですからね。国内外への顔見せでもあるのですから、しっかりなさいませ」
「わかっているのだけど……」
 わかっいても動きにくい服は肩がこるのだ。
「では、ドレスになさいます?」
「……勘弁してくれ」
 それこそ今より大変なことになる。ドレスを着てお披露目される自分を想像して陽子は眩暈がした。
 無い。絶対に無い。
「私には……似合わないから」
「そんなことありませんわっ!陛下ならば絶世の美女として数多の老若男女を目を奪われることでしょう」
「別の意味で目を奪いそうだから、軍服で良いよ」
「ふふ、畏まりました」
 心底嫌そうや陽子に侍女は笑った。
 しかしもちろん彼女たちは陽子にドレスを着せることを決して諦めては居ないのだった。
 目が笑っていない。








 軍事国家である慶国の式典では基本的に全員が礼典用の軍服を着用することになっている。
 黒服の人間たちがずらりと並んでいる様子は一人なら大したことの無い印象も、息苦しくなるような圧迫感がある。
 その黒一色に塗りつぶされた軍人の群集の中に、ぽつりと異色が混じっている。
 白の礼服。
 黒の中に、一色だけの白。
 それは唯一人にだけ着ることを認められた色。
 国のトップ。王のみが纏える貴色。

 白。
 どの色からも生み出すことは出来ず、どの色にも染まることが出きる。
 一度染まれば元の色に戻ることは二度とない。

 何者にも染まらず孤高を貫き、全てを受け入れ気宇壮大なれ。
 そんな王であれ。
 
 ゆえに、王の色は白。


「一同!陛下に敬礼っ!!」

 号令と供に黒衣の一団が一糸乱れず陽子に向かって敬礼する。
 その威容に反応するように白い外套が翻る。
 ゆっくりと陽子の手が上がり、応えるように敬礼を返す。

「陛下に栄光あれ!」
「慶国に栄光あれ!」

 声が轟く。
 輝くように美しく、自らが光を放ち闇に覆われようとしていた慶国を照らす。
 凛として立つ、匂い立つ麗しき女王陛下。


「私は、王になったんだな」


 ぼそりと一人ごとのように落とされた言葉を聞いたのは傍に居た景麒のみ。