華炎記
 ■ 第一話 ■
 




 現在の慶国に働き口は少ない。
 国全体が貧しく、街には無職の人間が溢れている。

「陽!こいつを片付けておいてくれ!」
「はいっ!」
 土木工事の下っ端としてあちらこちらから雑用を言いつけられる。日雇いゆえに安定しないが、それでも仕事があるだけマシだ。満足に機械を使うことも出来ず掘るのも埋めるのも人海戦術。おかげで誰もが泥と汗に塗れている。陽と呼ばれた少年も顔を泥だらけにして駆け回っている。
「おいおいっ大丈夫か!?」
「大丈夫ですっ!こう見えて力はあるんで!」
 土嚢を纏めて運ぶ陽が頼りなく見えたのか陽の二倍はありそうな男に笑って答える。
「見かけによらないな!頑張れよ!」
「どうも」
 陽は土嚢を両肩に抱えて運んでいる。押しつぶされそうに見えるが足取りはしっかりとしている。
 この怪力ゆえに陽は細い外見に関わらず重宝されているのだ。
「ああ、今日も居たな」
「そっちこそ」
 日雇いゆえに毎日同じ顔ぶれという訳では無い。
 陽の目の前に居る男はしっかりとした体つきで、それこそ軍人をするほうが向いていそうだ。
「終わったら少しばかり付き合わないか?」
「…どこに?」
「決まっているだろ」
 風漢と名乗る男は、不敵に笑いくいっと杯を飲み干す仕草をした。
「生憎呑めないんだ」
「なら一層付き合え。酒の一杯も呑めんと女にもてんぞ」
「…もてなくても構わないんですが…第一私にそんな持ち合わせはありません」
「馴染みの店だ。心配するな」
 どうあっても陽を連れていくらしい。
 一食分浮いたと思えば安いものか。適当に付き合って気が済んだところで去れば良い。
「では後でな!」
「…はぁ」
 立ち去る背中を憂鬱そうに見送った。









「・・・本当にここで?」
「そうだが?」
 見上げた楼閣は高く、朱色が闇夜に浮かび上がる。
 この貧しい慶国で夜に煌々と明かりを灯し営業できる店は限られる。
「・・・場違いにもほどがある」
 世間知らずの田舎者を揶揄おうというのか。
「どうした?さっさと来い」
「いやいやいや」
 どう見ても日雇いの人間が遊びに来られるような場所ではない。門前払いをくうのが落ちだ。
 しかも散々働いた後に来たものだから身なりも相当酷い。
「心配するな。馴染みだと言っただろう」
「・・・・・」
 こんな店を馴染みにするなどいった何者なのだ。
 得体の知れない男が更に胡散臭くなってくる。
「ほら行くぞ」
 腕を引かれてしぶしぶ門を潜る。
 ちなみに門衛は門前払いすることなく二人を通してくれた。
 ちらりと陽に視線を走らせたものの、風漢の姿に目を瞑ったような気配だ。
「・・・貴方、何者なんですか?」
「見ての通りの風来坊だが?」
「・・・そんな風来坊がこんな高級妓楼に顔パスで入れるとは思えないんですが・・・」
「なあに。以前にここの娼妓を助けたことがあってな。以来何かと贔屓にしてくれるのだ」
「・・・・・・・そうですか」
 ここまで来たら引き返すことも出来ない。
 陽は外とは別世界のような妓楼の中に目をちかちかさせながら風漢の後をついていく。

「まあ、ようこそお越し下さいまし。風漢様」
 出迎えてくれたのは年配の婦人だった。上品な装いで陽がよく行く食堂のおばちゃんとは全く違う。
「喬凛は居るか?」
「はい。今日はお連れ様もいらっしゃいますが、もう一人お付けいたしましょうか?」
「・・・そうだな」
「いえ、わ、俺は・・・」
 慌てる陽に女性が面白そうに笑った。
「風漢様のお連れ様とは思えないほどに真面目なご様子」
「俺とて真面目だろうが」
「そうでございますわね。忘れた頃にいらっしゃる程度には」
 ちくりと嫌味を挟まれるが風漢はそ知らぬ風だ。
「お初にお目にかかります。当妓楼の家公蕗美(ろめい)と申します」
「・・・陽と申します」
「そうですね、咲莓をお付けしましょう」
「ほう、・・・なかなか楽しい席になりそうだ」
 喬凛というのが風漢の馴染みなのだろうが、咲莓という妓女も知っているらしい。
「何だ?」
「いえ」
 見た目だけなら色男。女性に不自由はしてなさそうだ。
「ではお部屋にご案内致します」
 蕗美が手を叩くと十を幾つか超えたほどの幼い少女が現れた。
 彼女が案内役なのだろう。
 陽は立ち去る間際に、ぺこりと蕗美に頭を下げた。