華炎記
 ■ 第十八話 ■







 高価そうな漆黒の軍服を身に纏った延王は、街で見ていた風来坊と同一人物とは思えなかった。

「どうした?良い男過ぎて見惚れたか?」
「いえ……ちゃんと王様だったんだと、今確信しました」
 陽子の感想にぷっという破裂音が各所から響いた。
「まさに、孫にも衣装というものよな。もっともすぐに化けの皮が剥げようが」
 さっさと陽子を下ろして座れと一国の王に扇子で指示を出す。
 陽子も地に足がついてほっとする。他人に抱えられるという経験は早々しない。動きが制限されて非常にやりにくい。
 その思考がすでに軍人寄りになりつつあることに気づかず、陽子も延王の隣に腰を下ろした。
 二つの大国の王に挟まれて何とも場違いである。

「あの……私はこのあたりで失礼を致します」
「何故じゃ?そこの粗忽者が邪魔ならば追い払うが?」
「男女に気分が悪くなったのなら街に繰り出すか?」
「……。えーと、王様方が揃われてこれから大事なお話があるのでは?」
「お前も王だろ、陽子……」
 六太に突っ込まれて、そうだったと思い出した。
「いやいや、私なんか王様なんてただの呼び名で……たぶん、景麒が選び間違えたんだと」
「それは無いのう」
 陽子の言葉を氾王が穏やかに、しかしきっぱりと否定した。
「麒麟は王選びを間違えぬ。というよりは、間違えることを許されぬ。例えそうしたいとしても」
「そうよ。景麒が陽子を王に選んだのなら間違いなく陽子が王なのよ」
 氾麟からも続く。陽子の視線が下がった。
「私は……何故、私などが王に選ばれたのか、わからないのです。何の取り得も無い、何も出来ない愚図の私が」
 陽子の吐露に氾麟が困ったように自分の王を見上げた。
「陽子はその思いを景宰輔にぶつけたかえ?」
「え?……いえ、でもあいつも、たぶん私に失望していると思います」
 何しろ何も言わずに国を逃げ出したのだから。
「それではまずそこからじゃな。まだ陽子と景宰輔はスタート地点にも立っておらぬようじゃ。何故麒麟が存在するのか。何故王を選ぶのか。よくよく景宰輔と話をされるべきじゃのう。ここで我らが何を言おうと所詮は他国の口。……猿王が余計なことをするゆえ、話がややこしゅうなったのであろうが」
 鋭い視線が延王に投げかけられる。
「王として景王と誼を通じておこうとしたまで。他国にどうこう言われる筋合いはそれこそ無いだろう」
「ほう、雁国が慶国と誼を通じてどんな得があるのか是非とも聞かせてもらいたいのう」
「それこそ海を挟んだそっちには関係が無い。隣国同士仲良くするのが悪いか?」
「言葉通りであらば、良きことには聞こえるが、はてさて。妾はまた、呆けた老王が色ボケでもしたかと心配したぞえ」
「どこぞのロリコン王に比べれば、俺は現役だからな」
 低レベルな舌戦が繰り広げられる中、陽子は考える。
 景麒と話をする……確かにそれは必要なことなのかもしれない。言うまま、言われるまま。
 言ってもわからない。そう思い込んでいたのでは無いか。
「まあ良い。色々考えるもよかろう。さて、此度の用件じゃが……」
 氾王は手元の小箱をテーブルに置いて、蓋を開けた。
 中に転がっていたのは……石ころ?
「これは雁国からの荷に紛れ込んでおったものの一つじゃ」
「ほう……」
 延王は興味深そうな表情を浮かべ、口端を上げた。
「陽子。うちはね、細工装飾の腕は十二国随一。ゆえに各国から原石が運ばれ、加工するのじゃが……」
 そうすると目の前の石は何かの鉱物なのだろうか?生憎素人の陽子にはただの石にしか見えないが。
 す、と横から手を伸ばした延王が石?を摘み上げた。
「……ただの石だな」
「全くもって疑う余地は無い」
 話の流れについて行けないのは陽子だけなのだろうか。
 二人が何を問題にしているのかわからない。
「うちの荷にこれが紛れこんでいたのか。……お前が出てくるからにはこれ一つでは無いのだろう?」
「初めに見つけた際には何か不手際で紛れこんだのであろうと思っていたが、それから今なお続くとあれば故意であろう」
「ほぅ……それは確かにうちの荷か?」
「さて。雁国からの荷に間違いは無いはずじゃが」
 ぴん、と延王と氾王の間で空気が張り付けた気がした。
「なるほど……なるほど」
 延王は摘んでいた石を放りなげ、見事キャッチする。
 そして、陽子のほうを向いてにやりと笑った。
「よし、陽。出かけるぞ」




「…………は?」