華炎記
 ■ 第十六話 ■




「相手を確認もせず凶器を投げてくる乱暴者よりマシだろ」
 六太は慌てることなく悪態をついた。

「六太ったら相変わらず口が悪いわね!」
「仕方が無い。飼い主が飼い主ゆえのう」
「そうね、さすが主上」
「お前らなっ!」
 相手も負けずに言い返す。普段回りを振り回している六太が振り回されている。強者だ。
「もうそんなことより早く紹介してよ!」
「さすが雁国の麒麟。無粋よの〜」
 六太の眉間に皺が寄っている。短い付き合いだが、六太にこんな表情をさせる相手に不安を抱く。
「さあさあそこの朴念仁は置いてこちらに参られよ。……これはこれは」
「まあっ!」
 陽子の目に映ったのはどう見てもドレスを着た美青年と愛らしい美少女だった。
 思わず目が泳ぐ。これは、聞かない方向でいったほうが良いのか。
「こちらにどうぞ!」
 手を打って立ち上がった女性が陽子に近寄り、その手を引く。
 案内されたのは彼等(彼女ら?)の向かいの椅子である。
 目の前には先ほど飛んできた扇とはまた違う扇を優雅に手に持つ美青年(美女?)が楽しそうに陽子を眺めている。
 何なのだろうか、この苦行は。冷や汗が流れる。
「お前らなぁっ…ったく!」
 腕を組んで六太が隣に飛んでくる。
「陽子。目の前の女装変人が氾王で隣の若作り少女が氾麟」
 顔が引き攣る。
「いつまで経っても精神年齢未発達の子供は相応しい言葉遣いというのが出来ぬようじゃ」
「本当!女性に対して失礼よね。これだからガキは駄目なのよ」
「年増にホントのこと言っただけだろうが!図星つかれて怒るなよ」
 べーっ!と氾麟が六太に対してベロを出す。とても国の要人同士の会話とは思えない。
 もう無視して話を進めて、さっさと退出させてもらおう。決意した。
「……始めまして。景王、となる……陽子と言います」
「……ん!?」
「陽子ね!私もそう呼んでいいかしら?」
「そうじゃのう、他の景王も我らは知っておるゆえ出来れば名で呼ばせていただきたいが」
「は、はあ……どうぞ」
 むしろ景王と呼ばれたほうが、他人事のようで気づかない確立が高い。
 そこで何故か六太が驚いたように目を丸くして陽子をまじまじと見つめていた。
「……六太君?」
「え、陽、て…え、陽、じゃなくて、陽子、て名まえなのか?」
「ああ、まあ。そうだけど……」
 そう言えば延王に紹介されたまま自己紹介はしていなかった。
「えー陽子のことお世話してたくせに名前も知らなかったのぉ?」
「粗忽者よな」
 明らかに馬鹿にした視線で見られ、六太が拳を握る。
 ああ、これは。
「すみません。私がきちんと名乗っていなかったせいで、六太君の責任ではありません……ごめん、六太君。私は陽子。中嶋陽子と言う」
「うん……まあ、おっさんに任せて確認しなかった俺も悪かった。女の子なのに陽なんて名前な訳ないよな」
 ふふふふ、と目の前の人物から笑い声が漏れる。
「全く、ここの猿王に景王の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいのう」
「本当。陽子は良い子ね」
 にこにことまるで幼子を見るように言われ、居心地が悪い。
「改めて名乗るわね。私は氾麟、主上には梨雪と今は呼ばれているわ」
「妾は氾王呉藍滌。そのドレスではせっかくの素材を生かしきれておらぬゆえ、妾からドレスを贈らせてもらおう。受け取ってくれるかえ?」
「あ……はい、ご好意有難く」
 本当はドレスなど、そんなもの全く欲しいとは思っていないが。
「きゃあ!だったら私も選ぶわっ!陽子にはもっと明るい色も良いと思うの!」
「妾もそう思う。さすが姫」
「うふふっ!」
 気が遠くなりそうだった。


「……ごめんな、陽子……」
 ぼそっと隣で六太が呟く。
 謝るくらいなら連れてこないで欲しかった。
 心底思った。