華炎記
 ■ 第十三話 ■



「人では……無くなる?」
 陽子は眉を潜めた。
「俺ってさー何歳に見える?」
「……十、にはなっているか」
 くすりと六太が笑う。それは外見とは正反対に老成した表情だった。
「そうだな〜俺もいい加減よくわからなくなってきたけど、それに五百ぐらい足してくれたらいいかな」
「……五百……?」
「そう、五百」
 にこにこ笑う六太は冗談を言っているわけでは無いらしい。
 陽子の表情が固まり、冷や汗が浮かぶ。
「本当、に……?」
「そ。俺たち化け物なんだ」
「……」
 自重でも諦めでも無い、ごく自然な言い方だった。
 人が人間だと言うのと同じように。
「……なるほど」
 景麒に選ばれたということは陽子もまたその『化け物』の仲間なわけだ。
「年を取らなくなる?」
「うん。怪我もしにくくなるし、病気にもかからないな」
 けれど。
「不死では、無い」
 陽子の言葉に六太の目が瞬いた。
「だって、不死なら王の代替わりが起こるはずが無い。私が王に選ばれたのは前王が亡くなったからだと聞いた」
 しかも怪我も「しにくくなる」のであって、絶対にしないわけではない。

「つまり、恐ろしく丈夫になるということだな」

 そんな結論に落ち着いた陽子に六太は唖然とした表情を晒し、笑いを弾けさせた。
 そのまま腹を抱えて椅子から転げ落ちるほどに笑い出す。
 それほどに笑われるようなことを言っただろうか?
 戸惑いのまま転がる六太が落ち着くのを陽子は見守った。
 



 一頻り笑って落ち着いた六太は椅子に縋るように立ち上がり、陽子ににへらと緩い笑顔を向けた。
「俺……あんたが景王で良かった」
「……」
 陽子は俯く。
「こんなとこまで逃げてきて、景麒の馬鹿がどんな王様選んだろうなって心配だったんだけど。陽なら大丈夫だな」
「……何が、どう大丈夫なんだ……?こんな何も知らない、全てを捨てて逃げ出すような者のどこが?」
 とんとん、と六太が二人の間にあったテーブルを叩いた。
「そういうとこ」
「は?」
「ちゃんと自分と向き合ってるとこ。正直なとこ。自分が弱いってちゃんとわかってる。だろ?」
「……そんな弱い者が、王か?」
「うん。王様は始めっから王様じゃ無い。王様に『なる』んだ。だからさ……」
 椅子から飛び降りると六太は陽子に歩み寄った。
「どうか景麒を捨てないでやってくれないか?言葉が足りなさ過ぎて堅苦しくて小姑みたいに口煩い奴だけど」
 懇願するように陽子を見上げる。
「きっと陽を待ってるはずだから」
「……」
 逃げ出した自分を待っているだろうか。
「全部自分で抱えこむな。もっと景麒を頼れ。陽を王に選んだのは景麒の奴なんだからさ。それに陽を支えてくれる部下も居るだろう?」
 六太の言葉に景麒の姿、宰相である浩瀚の姿が思い浮かぶ。
「もう……そうで無かった時には、戻れない……か」
「そうだ」
 一瞬六太の表情に痛みが走る。
 理不尽。確かに選ぶことの出来ない選択はその一言に尽きる。
 だがその理不尽さえ呑み込んでくれるからこそ麒麟は王を選ぶ。

(……ったく、景麒の奴が妙な仏心なんか出すから厄介なことになる!)

 必死にその運命を受け入れようとする陽子を見つめながら、景麒を罵る六太だった。